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「あの頃、好きだと思えば思うほど、
自分にはない才能を持ったお前がうらやましくて、
妬ましくすら思えた。
そして恋人にそんな感情を持つ後ろめたさが、
心にまた新しい苦しみを生んでいくんだ……」

それは幼い頃から天才と呼ばれ続けた柘植が、
他人に対して初めて抱いた愛情とコンプレックスだったのだろう。

彼のそんな苦しみを、あの日の自分は知りもしなかった。

「この歪んだ愛がいつか和波を壊してしまうかもしれない、
そんな自分に耐えられなくなった俺はあの時、
目の前にあったドイツ留学の話にすべてを捨てて飛びついた」

「宣貴……」

「吹っ切るためにドイツで狂ったように弾いて、
ようやく日本に戻ってきたが、
結局俺は何も手に入れることはできなかったな」

柘植は寂しげに微笑んでみせた。

「もしかすると俺は……もう一度和波を愛することで
自分の才能と可能性に挑戦していたのかもしれない」

時間、嗜好、自由、愛――。

彼はバイオリンのために
どれだけ多くの物を犠牲にして生きてきたのだろう。

一人の人間としてではなく、
バイオリニストとして生き抜くことを選んだ柘植が
背負い続けてきた孤独の深さに、和波は改めて思いをはせた。

人生を『気持ち』という単純な選択肢だけで
選ぶことができたならどんなに楽だろう。ええ、本当に

しかし、人がその場で選べる生き方は一つだけ。
選んだ道をどう生きるかでまた違う分岐点が見えてくる。

共に音楽の世界で生きる者同士、いつかきっと柘植にも再会する。
その時には胸を張って、彼と対等に演奏できるハープ奏者でいたい。

「宣貴は……誰よりも素晴らしいバイオリニストだ。
僕はそう思ってる」

柘植はわずかに救われた目を向けた。

「和波にそう言ってもらえるなら嬉しい」

自分あてに届けられたたくさんの花束から一輪の花を手折ると、
柘植はそれを和波のジャケットの胸ポケットにそっと挿した。

「幸せになってほしい。俺の最後のわがままだ」

きびすを返し、楽屋を立ち去る柘植の後ろ姿が涙でにじむ。

「ありがとう……宣貴。さよなら……」

こぼれ落ちた涙が一雫、
薄紫の花びらの上で鮮やかに散っていった。

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【2012/10/10 00:32】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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