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(この音だ……)

榛原と二人で過ごした優しく幸福な時間が胸によみがえる。
庭に揺れる四季咲きの紅いバラと、頬をなでる風。
交わした口づけはほのかに紅茶の香りがした。

もう一度人を愛する勇気をくれた榛原は、
すぐそばで静かに自分を見守ってくれている。

言葉では語り尽くすことのできない思いは、
ハープの音になら込めることができる。
それがたった一つ、天から自分に与えられた力であり、
かけがえのない喜びなのだから。

淡い音の渦を描きながら、
天上の調べが心地好くホールに立ち昇っていった――。




三度目のカーテンコールにこたえても、
客席からアンコールを求める拍手が鳴りやまない。

「和波。アンコールの曲、変更してもいいか?」
聞いてないよー
柘植は舞台そでに置いてあったバイオリンケースから
楽譜を取り出すと、それを和波に手渡した。

初見で十分演奏可能な短い曲だが、
手書きのその楽譜にはなぜかタイトルが入っていない。

「大丈夫だけど、これは?」

「弾いたらすぐにわかる」

怪訝な顔をする和波に、
ステージの逆光を背負った柘植が寂しげに笑ってみせた。

「行くぞ」

先ほどまでの不遜な態度とは対照的に、
柘植はステージの中央で客席に向かって深々と頭を下げ、
そして静かに弦に弓を下ろした。

北欧特有の少し陰りあるメロディーが、ホールに遠く
たゆたうように鳴り響く。

……この曲は――。

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【2012/10/02 23:17】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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