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「ふん、尊大な奴だな」

「宣貴に言われたくないよ」

「今日は部屋を二時間しか押さえられなかったから、
さっさとリハを終わらせるぞ」

音楽のこと以外にはあまりこだわりを持たない
柘植のあっさりとした性格に、
当時も何度助けられたことだろう。

次々と順調にプログラムがまとまっていく。

「ここはテンポを前に持っていってくれ。
展開部からもっとせき込むような感じで――」

柘植が譜面に鉛筆で指示を書きこむ。
せっかちで読みにくい文字も、
テンポに大きく緩急をつけて曲をエモーショナルに仕立てたがる癖も、
あの頃とまったく変わらない。

ただ一つ違う点といえば、
今日の柘植は全力で弾いていないということだ。
単なるリハーサルだからなのか、
それとも先日、彼の演奏に引きずられてしまったからなのか――。

「ここでペダルを待った方がいいか?」

「あ、大丈夫」

弓を止め、こちらを振り向いた柘植に、
和波は首を小さく横に振った。

ペダル操作で小回りが利かないのがハープの最大の弱点だ。
それを熟知した彼ならではの気遣いが、
今の和波には嬉しかった。

「和波の演奏はやっぱり他の誰よりも合わせやすい。
こちらからあまり要求しなくても、思うとおりに曲が仕上がっていく」

「何度も一緒に演奏したからね」

「ああ。学生時代、練習室にこもって
よく二人で一日中バカみたいに弾いてたな」

柘植が懐かしげな笑みを浮かべる。

「あんまり夢中になり過ぎて講義の時間を忘れて、
僕たちだけ教授にレポートを提出させられたこともあったね」

「俺は実技のレッスンまですっぽかして、
バイオリンの師匠に思い切り怒られた」
真面目に学べよ、コラ
そんなこともあったと思い出し笑いをする和波の隣で、
窓の外の街路樹を眺めた柘植がぽつりと呟いた。

「もう一度、あの頃に戻れたらいいのにな……」

「……」

二重ガラスの防音窓に手を添え、遠い目で発せられた柘植の言葉に、
和波は返事をすることができなかった。

もしもあの時、柘植からドイツ留学の相談を受けていたら、
自分はどうしただろう。
彼の音楽家としての才能を考えれば、
行かないでほしいなどとわがままを言えるはずがない。

しかし、いつ帰ってくるともわからない柘植を、
あてもなくただ待ち続けることができただろうか。

柘植が一方的に去っていったことを理由にして、
探し出してでも彼の心を確かめることができなかった
自分の弱さから、目をそむけていただけではないのだろうか。

そんな自分自身への疑念がいくつも胸をよぎる。

「和波。ドイツ行きのこと、真剣に考えてほしい」

リハーサルを終えた柘植は
信念に満ちた目でそう告げると、一人スタジオを後にした。
外界から遮断された防音窓の向こうに、
去っていく柘植の背中が見える。

「宣貴……」

釣瓶落としに日が落ちていく都会の夕暮れの中、
その姿は遠くなり、
やがて人混みに消えていった。

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【2012/09/16 01:37】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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