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翌日、和波は意を決して事務所に二回目のリハーサルを願い出た。
リハーサルは一回でいいと断言した手前、
恥を忍んで頼んだつもりだったのだが、
マネージャーの宮村からの意外な返答が和波を驚かせた。

「実はね、柘植さん側からも再リハの依頼が来てて、
和波にどう頼もうかって迷ってたとこだったんだ」

(宣貴が、気を回してくれたんだ……。僕が不利な立場に立たないように)

事務所に押さえてもらったスタジオで柘植の到着を待つ間、
和波は榛原の言った「今の彼」という言葉に思いを巡らせていた。

自分は今の柘植の何を知っているというのだろう。
むしろ彼の記憶は五年前で止まったままだ。

突然の帰国と変わらぬ情熱、そして突きつけられた愛。
もしも柘植の手を取ったなら、
ドイツで新しい人生が待っているのだろうか……。

重い防音室のドアが開く。
バイオリンのケースを手にした柘植は、
少し緊張した面持ちで和波の前に立った。

「早いな。和波」おはようさん

「宣貴、あの……」

『この前はごめん』

同じ言葉を同時に発した二人は思わず目を丸くする。
ほんの数秒間の空白が流れた後、どちらからともなく笑い声がもれた。

「クッ……何だよ、それ」

「おかしい。なんだか学生時代のケンカの後みたいだ」

「昔のことは忘れたんじゃなかったのか? 和波」

「今、思い出したんだよ」

肩をすくめてみせる和波に、
柘植は「調子いい奴だな」とあきれ笑いを返した。
こうして心をほどいて笑顔を交わしてみれば、
五年という時の流れがまるで嘘みたいだ。

学生の時もよくケンカしては、こんな風に仲直りをした。
ささいな事で言い争いになり、後で少しだけ反省して
でもなかなか素直になれなくて……。

そんな時は決まって学内の練習室にこもり、
一人でバイオリンとのデュエット曲を練習する。
「そろそろ仲直りしよう」という、柘植に向けてのメッセージだ。

柘植はいつも気難しい顔で練習室に乗り込んでくると、
ハープの調べに合わせ、ムスッとしたままバイオリンを奏でた。

しかし、紡ぎ出される素直で優しいバイオリンの音色を聴けば
彼がもう怒ってなんかいないことはすぐにわかる。

それでもわざと機嫌が悪いふりをして弓を引く彼の、
本当は少し困ってる横顔が、いつも可笑しくて……
涙が出るほど可笑しくて、愛しかった――。

言葉すら必要ないほど愛し合っていたはずなのに、
なぜもっと一日一日を大切に過ごさなかったのだろう。

「宣貴、ありがとう。事務所にもう一度リハーサルを頼んでくれて」

「いくら何でもあのまま本番はご免だからな。
お前、今日はあのハープじゃなくていいのか?」

「うん。もう感じはつかんだから問題ない」

あとは当日、ゲネプロでホールの響きを聴いてバランスを取ればいい。
自信はある。

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【2012/09/14 22:55】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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