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「んっ……、っ!」

舌も心も有無を言わさず巻き上げていくような柘植の強引なキスに
和波は苦しさで呼吸を止めた。
この唇の厚みと弾力、抱き寄せられた体の温度も肌の質感も、
何もかも五年前と同じだというのに――。

(嫌だっ!)

必死に動かした手がハープの弦をかすめ、
楽器とは思えない無秩序な音を鳴らした。
抗う両手を上背の柘植にねじり上げられ、和波が苦悶の表情を浮かべる。

「痛い……。やめて、宣貴」

「どうして? 和波。お前は――」

「やめなさい!」

慌てて部屋に入ってきた榛原が、劣勢だった和波の体を柘植から剥ぎ取った。

「榛原さん……」

「争う声が聞こえたものだから、心配になって」

――よりにもよって、こんなところを!
 
絶望感であふれ返りそうになる。
榛原の優しさに甘えたまま、
好きだと言われたことへの返事すらまだしていないというのに。

「大丈夫かい?」

「すみません、何でもないんです……」

寄りそう二人を睨みつけた柘植は、
荒々しく前髪をかき上げて喧嘩ごしに言い切った。

「お母さんの演奏は、ボクも子供の頃からよく存じ上げてますよ。榛原さん」

写真の中のデュトワは、この争いの行く末を見届けるかのように
厳格な眼差しでこちらを見つめている。

「欲しいと願うだけが愛じゃない。
相手の心や立場を思いやることができなければ、それは単なるエゴだ。
違うかい?」

「このコンサートが終わったら和波は俺がドイツに連れて帰ります。
あんたに文句は言わせない」

「行くか、行かないかは和波自身が決めることだ。
君が決めていいことじゃない」

「部外者は黙っててくれませんか」

ハープを隔てて両者が対峙する。激しく渦巻く負の感情の中で、
響板に描かれた優しい蔓バラは凍てつき、枯れていくように見えた。

「やめてくれ、宣貴……。
楽器が、響きを失ってしまう。お願いだ」

かばうようにしてハープに手をそえた和波は、声を搾り出した。

「和波!」

「無理に手に入れようとすればするほど、失う物の方が大きくなる。
今日はもう帰りなさい」

「あんたに……俺たちの何がわかる?
ガキの頃から狂ったように練習して、他人と競い合って、
そのトップに立ち続けることがどんなことかっ!!」

榛原は黙ったまま、バイオリンを持つ柘植の左手を見つめていた。
そのバイオリニスト特有の、弦ダコで変形した指先を。

人は何かを得ようとする時、それに見合った対価を支払う。
和波も柘植も、言葉どおり自分の身を捧げて音楽の世界に生きてきたのだ。

榛原は悲しい目をした。

「私は専門家ではないが……音を聴けばわかる。
少なくとも和波の音楽からは、
誰かを傷つけたり悲しませたりするようなものは聴こえない」

「っ!」

憎悪の念を込めた瞳が榛原を睨みつける。

「帰ってくれないか、宣貴。お願いだ……」

縋るような目で懇願され、柘植は両の拳を固く握りしめた。

「Sehen wir uns wieder(またお会いしましょう)」あばよ!

まなじりを決し、榛原に向けてそう言い放った柘植は、
楽器ケースを手にすると屋敷を後にした。

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【2012/09/06 01:01】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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