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「安易に親と同じ道は選ばない、か……。
ふん。頭のいい奴が考えることはいちいち正しいな」 グレース・デュトワと榛原の家族写真に気づいた柘植は、 吐き捨てるように言った。ギギギ… 日本を代表する指揮者とピアニストを父と母に持つ柘植は、 生まれる前からすでに音楽家になる宿命を背負っていたのかもしれない。 「あいつがお前の今のパトロンか?」 「行儀の悪い言い方はやめてくれ」 「やっぱりそうか。まあいい」 「長居をして迷惑をかけたくないから、今日は早めにリハを切り上げたいんだ」 調弦を終えた和波は冷ややかな声で告げた。 「Ja.(はい) 仰せのとおりに」 「いいかげんにしないと怒るよ、宣貴!」 ことごとく神経を逆なでされ、とうとう感情をおさえきれなくなった和波を、 柘植は楽しそうにあしらっていく。 「そういうところも相変わらずだな。普段はおとなしいくせに、 ここ一番って時には強気になる」 何事もなかったかのように席について楽譜をめくる柘植に、 和波は弦の向こう側から小さなため息をついた。 ドビュッシー、シュポア――。心の傷をえぐる懐かしい曲ばかりが続く。 和波は波立つ心を悟られないようにと、どの曲も冷たい表情で弾きとおした。 譜面台に重ねられた楽譜からサン=サーンスの「幻想曲」を取り出した柘植は、 その古い外版譜の装丁にふと頬をゆるめた。 「昔、これもよく一緒に演奏したな」 「あいにく、学生時代のことはあまり覚えてないんだ」 ――嘘だ。 二人で数え切れないほど演奏を重ねたこの幻想曲は、 和波が一番好きだった曲だ。 そして柘植との別れと同時に心の奥深くに沈めてしまった曲でもある。 寄せては返す弓が懐かしいメロディーを紡ぎ出す。 心がそのままあふれ出したような 柘植のバイオリンの力強い音色と情熱的な音楽性に、 和波の感情の波がうねり立っていく。 ――本当に五年の月日が流れたのだろうか? 今もこうして柘植はすぐ手の届く所にいる。 弓を操る彼の姿も、そこから生み出される音も、 あの日と変わることなくここにあるじゃないか! 「ぁ……」 いつの間にか和波の頬を大粒の涙が伝っていた。 <←16> <18→> 目次にもどる |
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