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柘植との過去からどう目をそむけたらいいのかばかりを考えていた。
しかし大切なのは、今の自分がなにを望み、
与えられた仕事にどう向かっていくかだ。

解決の糸口を見出した和波は、
返事をすることも忘れて思考をめぐらせていた。

――音のりんかく線が際立った柘植のバイオリンが相手だ。
しかも難易度が高いプログラムの上に、
室内楽のコンサートにしては会場のキャパシティがかなり大きい。


「あの、お願いがあります。デュトワのハープを、
あなたのお母様が愛した楽器をこのコンサートで使わせてください!」

「あれをコンサートで?」

「あ、いえ……、これは無理やりではなく本当にそう思ったんです」

嘘じゃない。
この仕事の依頼を受け、プログラムの内容を知った瞬間から、
あのハープの澄んだ音が鮮明にイメージされていた。

共演者、ホール、プログラム。この条件であの楽器の音なら、
まちがいなく素晴らしいコンサートになる。

「あれは本来、大型のコンサートホールで演奏するために作られた
立派な楽器です。僕が調整して弾きこんだハープを、
どうしてもこのコンサートでよみがえらせてみたいんです。
お願いします」

すがりつくような勢いの和波に、榛原が驚きで目を見張る。

「わかった。自由に使いなさい」

和波の願いにおだやかな声で答えた後、
榛原は急に表情を厳しいものへと変えた。

「そのかわり、あのハープで自分の音を作り上げると私に約束してほしい」

「僕の、音?」

「母の模倣である必要はない。私は君の音が聴きたいんだ」

――君の音が聴きたい。
おKはん
告白された日、彼は確かにそう言った。
ラウンジで初めて出会った時も、彼はこの指が紡いだ音楽に共感してくれた。

学生時代、グレース・デュトワの音色を目指してひたすら練習を重ねた。
憧れだった彼女のハープで、今度は自分の音を作り上げたい!
自分の音が榛原を少しでも幸せにするのなら、
どんな苦しい状況でも必ず乗りこえることができる。

「コンサートを聴きに集まってくれた人たちも、
きっとそれを望んでいるはずだ。和波」

――このコンサートでデュトワを超えろ。
母親譲りの琥珀色の目は、そう語りかけているようだった。

「きっと最高の演奏にしてみせます」

「約束だよ」

「はい!」

先ほどまでの曇った表情とは打って変わり、
本番に向けて希望をふくらませ始めた和波に、榛原は優しく目を細めた。

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FC2blog テーマ:自作BL連載小説 - ジャンル:小説・文学

【2012/08/27 16:49】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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