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「彼女たちの音はきれいなだけで演奏に中身がない上に、
お姫様気分であつかいが面倒だ。お前だってそう思うだろ? 和波」

和波の清冽な顔が嫌悪に塗りつぶされていく。

「相変わらず傲慢な人ですね。あなたは!」

「和波、頼むよ、助けると思って引き受けてくれ。
じゃないと僕が会社にどやされる」

腕をつかまれ、宮村に小声でたしなめられた和波は、
おさまらない心のまま拳を握った。

彼の必死の表情から、向こうは自分以外にはこの仕事を依頼しない意向らしい。
尊大な柘植のいかにも言い出しそうなことだ。

景気の低迷により冷えこんだクラシック業界に
久々に降ってわいた大口の依頼を、事務所も逃すわけにはいかないのだ。



一口も飲んでいないアイスコーヒーの氷が、カランと空しい音を立てる。

「当日に本番はダブってないし、日程的に問題ないよね? 和波」

「今回、本番までかなりタイトなスケジュールですが、楽器店や出版業界、
レコード会社など関連企業の全面的な協力を得まして――」

双方のマネージャーによって話が外堀から徐々に埋められていく。

仕事のスケジュールは宮村がぜんぶ把握している上に、
提示されたギャラや会場などの条件も悪くはない。

つまりよほど正当な理由がない限り、
ここで嫌だと言えば単なるわがままとみなされてしまうということだ。


智謀にたけた二人の敏腕マネージャーを前にし、和波は唇を静かに噛む。

「プログラムは……曲は何を予定しているんですか?」

よくやく協力的な言葉を発した和波に、柘植が満足げに口の端を上げた。

「客が喜ぶ小品をいくつか入れて、メインはシュポアのソナタ、
ドビュッシーの小組曲。ラストはサン=サーンスの幻想曲で締める。
懐かしい曲だろ?」

「っ!」

和波は思わず膝の上で両の拳を固く握った。

――そうだ。柘植の選んだ曲は、どれも思い出の中に封じこめた懐かしい曲だ。
しかもドビュッシーは、当時二人でコンサート用にと編曲したものじゃないか。

同じものを夢を見て、何度も一緒に演奏した曲をわざわざ選んでくるなんて!

「時間があまりないことですし、スタジオを調達してのリハーサルは
基本的に二回、あとはゲネプロ本番の予定で――」

「一回で結構です」

和波の凛とした声が、宮村の提示を断ち切った。

満足のいく仕上げを目指すならば、本当はリハーサルは一回でも多い方がいい。
しかし柘植と二人きりで顔を突き合わす時間をこれ以上増やしたくはない。

柘植が興味深げに片眉を上げた。

「やるなあ、一回練習ゲネ本か。悪くない」

長い脚を大きく組みかえ、挑戦的な目で笑う柘植を和波は静かに睨みつけた。

自分の人気と才能を知りつくした、傲慢で冷血な天才バイオリニスト――。
五年前と何も変わっていない。ぜんぶあの日のままだ。

「リハの予定は事務所を通してご連絡ください。折り返し都合をお返事します」

主催は向こう側だ。
事務所の力関係から考えても、どのみち自分に選択の権利はない。

「次の仕事がありますので失礼します」

三人を残したまま立ち上がると、和波は早急にラウンジを後にした。

(ゲネプロ:本番通りの進行で行われるリハーサル。ゲネラルプローベの略)

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【2012/08/22 19:09】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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