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「冬吾様はね、和波様がいらっしゃるのをいつも
心待ちにしておられるんですよ」

紅茶から立ちのぼる湯気が宙に消えていく位置を、
愁いを帯びた眼で追っていた和波は、
高橋の声で急に現実に引き戻された。

「え? あ……ありがとうございます」
「和波様がいらっしゃるまでに玄関の絵を入れ替えておいてほしいとか、
奥様の練習室に新しい花を活けておくようにとか」
「あのね、高橋さん――」
「今日もコンサバトリ―でお茶を飲みたいから、
チーズタルトを焼いて欲しいっておっしゃって」

榛原は子供の頃からこのタルトが大好きだったのだと、
高橋は朗らかな笑顔で教えてくれた。

五十路に手が届くと思われる高橋は、
榛原の母親が健在の頃から家事や雑用を任され、
今は週二日だけ通ってくれているという。


「小学生の頃、お気に入りだった同級生のお嬢さんが遊びにいらした時にも、
これを焼いて欲しいとねだられて――」
「参ったな、もうそのあたりで勘弁してくれないか」

彼女のお喋りでこれ以上隠していることが露呈しては敵わないと、
とうとう榛原が悲鳴をあげた。

「すみません。奥様が亡くなられてからここにお茶のご準備をするなんて
久しぶりで、つい嬉しくて……」

和波にさりげなくタルトを勧めると、
高橋は「ご用があったらお呼びください」と言い残して下がっていった。

「優しくていい方ですね」

一人で忙しく過ごす榛原のそばに
時々でもいいから高橋のような明るい人がいてくれるのならば安心だ。
彼女の焼いたチーズタルトは素朴で優しい味がした。

「美味しいです」
「喜んでもらえて良かった」

少年のような笑顔をみせた榛原に、和波はささやかな意地悪を言ってみた。

「もしかして……その同級生の女の子にも同じ台詞をおっしゃったんですか?」
「おいおい、子供の頃の話だよ」

弱り顔で「案外手厳しいな」とこぼす彼に
「冗談です」と微笑み返してみせる。
普段は大人の顔しか見せない榛原にも、こんな日常があるのだと知ると
何だか嬉しくなる。



蔓薔薇を絡ませたアーチを目指して一羽のツグミが飛び立った。
いつも玄関ポーチから眺めていた庭は、
コンサバトリ―を回り込むように作られていて
思ったよりも奥が広い。

その光景を眩しそうに眺める和波に気付いた榛原は、静かに席を立った。


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【2012/08/11 15:22】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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