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途中から参加したくせに、河合はあっさりと場に馴染んだ。

スピンを終えたカボチャを拾い上げ、黙って一口大に切っていく。
しかもそれだけじゃ物足りないのか、
きれいに面取りして、木の葉型の飾り切りまで始めた。

お前の趣味って電車の運転だけじゃなかったのかよ。

「器用なんですね」

「どうも…」

グラデーションのネイルが似合う綺麗な女性が、
うっとりとした目で河合の手つきを称えたが、
奴は愛想のない板さんのように、ぶっきらぼうに返事をしただけだ。

そんなつれない態度が、また女心を惹きつけるのだろう。
河合の真剣な包丁捌きに、受講生たちの熱い視線は釘付けだ。

「圧力鍋は怖いというイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、
正しく使えば安全で大変便利な――」

先生が説明を始めた時、ずっと仏頂面だった河合が重い口を開いた。

「どうして俺に黙ってたんだ? 志水」

「趣味の習い事だ。河合には関係ないだろ。こんな所までついてきて」

「志水がこそこそと水くさいことするからだ」

野ノ宮の大バカ野郎。
せっかく内緒で練習して河合を驚かせてやろうと思ったのに、
これじゃ計画が台無しじゃないか。

「減圧する時は、必ず――」

「それに料理は危険だ。志水一人じゃ危ない」

「何で俺が料理すると危険なんだよ」

あ、なんか野ノ宮よりもむしろ河合にムカついてきたぞ。
何だよその上から目線の言い方は。
恋人だからって、相手の自由を縛りつける男は最低だ。

「――以上の注意点さえ守れば、圧力鍋は安全で大変便利な調理器具です」

「どうして俺に一言教えてくれなかったんだ?」

「うるさい。俺のやる事にいちいち口出しすんな!」

「二人とも、お喋りはいい加減にしてください! 皆さんの迷惑になるじゃないですか」

「「すみません……」」

みろ、お前のせいで先生に怒られちゃったじゃないか。

点火してしばらくすると鍋はシュウシュウと歌い始めた。
白い蒸気が上がって、醤油と砂糖と出し汁が煮立つ良い香りがする。
料理してるって感じで楽しくなってきたぞ。
美味しくできるかな。

「圧力鍋みたいな経験者向けの講座を、どうして選んだんだ?
初心者向けの基礎講座があるだろう」

せっかく気分が盛り上がってきたのに、いちいち細かい事に口うるさい男だな。
小姑か、お前は。

「ワンレッスンで入れる講座が、今日はここしか空いてなかったんだ。
それに先生も簡単だって言ってるし――あ、ヤベ! こぼれてる」

水の分量が多かったのか、煮汁が鍋から噴きこぼれ始めた。
マズイ。止めなきゃ!

すぐに火を止めたが、鍋からはまだ煮汁が噴き続けている。
大慌てで蓋のロックに手を掛けた時、河合が大声で叫んだ――。

「危ないっ!!」

「え!?」

大きな体に視界を塞がれたと同時に、
シュウゥゥゥゥゥ――!という激しい蒸気音が鳴り響いた。
もつれ込むようにして、そのまま体が床に押し倒される。

「キャァァ――!!」

受講生たちの高い悲鳴が天井を反響する中、
蒸気の噴き上がる音と、こぼれた煮汁がコンロを焦がす臭いが、
何が起きたのかを警告していた。

「熱…っ!……」

「河合ッ!!」

俺を庇って、飛び散った高温の煮汁を背中に受けた河合が、
苦悶の表情を浮かべる。
河合のこんな苦しそうな顔、見るのは初めてだ。

「水ッ! 誰か水かけて、早くっ! 水を!!」

押さえ込まれて身動きが取れない俺は、大声で叫ぶしかない。
覆い被さった河合の立派な体は、重くてびくともしない。
人より小柄な自分の体が、ただ恨めしかった。

先生と受講生が浴びせかけてくれた水でびしょぬれになりながら、
河合はようやく固く閉じていた目を開いた。

「志水……大丈夫、か?」



減圧せずに蓋を開けたせいで、圧力鍋は爆発した。
説明もよく聞かず、大混乱を招いた俺と河合は、
そのまま料理教室を強制退会させられた。
入会の時に掛けた傷害保険は、こういう時のためにあるという事を思い知った。

幸いにも河合の火傷は軽いものだったので、数回の通院と塗り薬だけで済んだ。
火傷が制服のシャツ当たらないよう、絆創膏を貼った河合の首筋が、
しばらくの間痛々しかった。

「かーわーいーさ~ん。それ、もしかしてキスマークっすか? 女にやられたとか」

「……まあ、そんなとこだ」

「え、マジで? エロい彼女とか、超うらやましいんですけど」

うひゃひゃと能天気に笑う野ノ宮に、河合は苦笑で答えてる。
俺はまた無趣味になった……。

「志水、料理が苦手なんだろ?」

「う…。知ってたのかよ」

「うん。うち来て最初に飯炊いた時、米を洗剤で洗おうとしたからすぐにわかった」

「河合、ごめん。俺、二度と料理はしないから」

俺は真っ直ぐ河合の目を見て誓った。

一緒に暮らせなくたっていい。
無趣味だって構わない。

柄にもなく浮かれてたからこんな事になったんだ。
自分のエゴで河合を傷つけてしまうくらいなら、俺は二度と料理をしない。

今日みたいに、こうして時々乗務所で顔合わせて、
休みのタイミングが合う時にデートできたらそれでいい。
寂しくなんかない。
もう絶対、河合をあんな目に遭わせたくないから。

「じゃあ俺が志水に料理を教えてやるよ。うちで」

「河合んちで?」

「二人っきりなら誰にも迷惑かけないし、簡単な物から少しずつ練習したらいい。
秘密のクラブ活動だと思えば楽しいだろ?」

「あ……」

閉じかけていた暗い部屋の扉が、一気に開いていく――。
そんな光を見た気がした。

「慣れて自信がついてきたら、俺がいない時も一人で練習していいよ。
鍵を渡しておくから」

「いいのか? 河合の留守中に出入りなんかして」

「うん。帰ってきて飯ができてたら俺も助かるし、
それに志水が待っててくれたらすごく嬉しい」

キーホルダーから合い鍵を抜き取って、河合はそれを俺の手のひらに乗せてくれた。
ありふれたステンレス製の鍵だけど、冬の控えめな日差しを浴びて、
それは俺の手の上で嬉しそうにキラキラと輝いてる。

優しい笑顔で手渡された鍵は、こうしてこの日から俺の宝物になった。



「言えぬなら 陥としてみせよう ほととぎす」

河合の術中にまんまと嵌った志水。
こういう状態を「半同棲」と人が呼ぶということに、
志水が気づくのはまだ少し先のことだ――。

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河合…怖い……
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【2015/02/09 00:08】 |  シリーズ短編
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