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天然運転士の河合と、お気遣い車掌の志水。
二人は某鉄道会社に勤める同期生、かつ秘密の恋人同士。
説明はこれだけでもう十分な二人ですが、
前のお話がちょっと気になる方はコチラへ!



    
 

クロス張りの白い天井に、幻の砂嵐がぐるぐる踊る。

(こういうの、ブラウン運動っていうんだっけ?……)

喉、乾いたな。それに暑い…。
車が水を跳ねて走ってく音がする。雨降ってる……のかな?

……ここ、俺んちじゃない。

眠ってしまう前の記憶をぼんやり辿る。

――熱出したんだ、俺…。河合んちで……。

何が起きたのか、段々はっきりとしてきた。

(俺の誕生日だから、二人で飯食いに行くことになってたんだ)

夜勤あがってすぐ、その足で河合んちに来たんだけど、
前の晩から風邪気味で、早朝の仕業ん時、鉛飲み込んだみたいに体が重だるくて……。
すぐに病院連れてかれたけど、今日って何日だ?

(そうだ。河合、河合は?)

体を起こそうとしたら、眉間から後頭部めがけて殴られたような頭痛が走った。

「痛っ……」

だめだ。頭がガンガンして目玉も動かせない。
う…なんか、吐きそう。

「何やってんだ? 寝てろって言っただろ」

買い物袋を放り出した河合が、布団から這い出た俺の体を慌てて支えてくれた。

「違っ…、気持ち悪くて、トイレ……」

「連れてってやるから、掴まれ。ほら」

立ち上がった途端、猛烈な吐き気が襲ってきた。
しかも、ものすごく寒い。全身の筋肉が縮こまってくみたいだ。

「ぅっ、……ごめ、ん……」

もともと何も食べてないんだから、出てくるものなんて胃液しかない。
トイレの手すりに掴まって、かろうじて自分の足で立ってはいるが、
上半身は河合に支えられたままだ。

「大丈夫か? 口濯げ。少しはすっきりする」

「ん……」

ろくに返事もできやしない。

(ひでえ顔……)

洗面所の鏡に映った土気色の自分の顔見て、ますます失望感が大きくなる。
河合の前からすぐにでも姿を消したい。

「帰、る……」

「この状態でか? 志水んちまで1時間近くかかるんだぞ」

河合は運転中と同じ、厳しい目で俺を見た。

「迷惑、かけたくない」

「……。わかった。どうしてもって言うなら家まで送ってく」

「…………」

狡いよ、河合。
そんなことさせるなら、ここにいますって言うしかないじゃないか。
駄々こねただけになっちゃったじゃないか、俺。

黙っているのが返事だと思ったのだろう。
河合に促されるまま、もう一度横になる。

そばにあった処方箋薬局の袋の日付が目に入った瞬間、泣きたくなってきた。

カッコ悪くて、はた迷惑で、運悪くて、この上なく情けない。
そんな俺の誕生日。

「死にたい……」

「バカだなあ。風邪くらいじゃ死ねないよ」

「そういう意味じゃ、ねえよ、っ」

「バ河合」って言い返そうとした時、声が詰まって、
俺を見下ろす河合の顔がぐにゃりと歪んだ。

「ぁ……」

今夜は飯食いに行くって河合と約束してたのに、全部俺がダメにしてしまった。
いい年した大人なんだから、仕事だけできてたらいいってもんじゃない。
相手の都合や気持ちをしっかり理解して、ちゃんと応えられなきゃならないのに。
こんな簡単なこともできない自分が悔しくて、情けなくて、涙が出てきた。

「ぁっ…、く……」

(チクショウ! 何で俺はいっつもこうなんだよ!)

泣いてるなんて知られたくなくて、大慌てで寝返り打ったけど、
すぐ目の前にいる河合にそれがわからないはずがない。

「っ……ぅ…」

涙を止めようと、自分で自分に何度も何度も命令する。

男なんだから泣くな!
熱あって苦しいのなんか、自己管理が悪いせいだろ。
そんなの理由になるか。甘えるな。
河合の前だ。しっかりしろって。

そう命じれば命じるほど、
自分で心臓をぎゅっと握り潰してるみたいに胸が痛くて、
焼けた火箸で喉を突いたように息が苦しくて、
涙が後から後から溢れてきて止まらない。

「颯太は――」

急に名前で呼ばれて、息が止まった。

「今日みたいな、こんな寒い日に生まれてきたんだな」

慈しみに満ちた声に導かれ、ゆっくりと河合を振り返る。

「……?」

「外、雪が降ってる」

積もってないけど、と微笑んでから、河合は俺の眦を拭った。
俺より一回り大きくて、温かい手。
普段は大勢の安全と命を預かる手と眼差しは今、真っ直ぐ、俺だけに向けられている。

「……俺が産まれた日…、雪が降った、らしくて――」

目にかかった前髪を、その指先がそっと梳き上げてくれる。
それだけで余計な力が抜けて、焼け付いたような胸の苦しさも嘘みたいに楽になっていく。

「うん。それから?」

「親父はそれ見て『名前は真雪(まさゆき)にしよう』って言ったらしいんだけど、
祖父ちゃんがそんな安直なつけかたはダメだって言って、颯太になったらしい」

「真面目な祖父ちゃんだな。颯太と似てる」

河合は俺が泣いたことには触れず、いつもと同じ口調で喋ってくれた。
同じ男だから、カッコ悪いことの気まずさと、
その後に来る自己嫌悪の苦さをよく知ってるからだ。

「でも、その名前は弟に回った」

「弟も冬生まれか?」

軽く首を振って、ほんの少しだけ微笑みを返せた。

「違う。だから雪じゃなくて行の字になった」

「颯太の家族にますます会ってみたくなった」

きれいな歯並びを見せて、河合が口元を綻ばせる。

その笑顔に幸せを感じた時、俺は自分にとって河合が、
肉親よりももっとずっと近い存在になっていたことに気がついた。
泣いても怒っても失敗しても、どんなにカッコ悪くて恥ずかしい俺でも、
河合は目を背けたりせずに真っ直ぐ向き合ってくれる。

河合がそばにいてくれるから、自分は自分でいられる。

河合にも同じもの、同じ心を返したい。
かけがえのない大切な人だと信じ、互いに喜びを分け合いたい。

「かわ、い……」

うまく言葉にできないまま、逸る気持ちで両手を河合へと伸ばす。
そんな俺の体を抱きしめると、
河合はこの日一番告げたかったはずの言葉を初めて口にした。

「誕生日おめでとう。颯太」

「ありが、とう…」

また一粒涙がこぼれてしまったけど、
今度は心から素直に、ちゃんとそう言えた。


 秘密の倶楽部へようこそ→

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地味~な誕生日話になってしまいました 
苦しい時こそ寄り添ってくれる人がいる。
すごく嬉しい事ですよね。
お話の流れ上、誕生日プレゼントに関しては触れない方がスマートだったので
また次の機会があればぜひ
って、つい先月もそんな事があったような気が…。

こんな二人のお話を紙の本にまとめました。
イベントのみの頒布ですが、
「紙の本でも読みたいよ」と思ってくださる方がいらしたら嬉しいです!
詳しくはこちらをご覧ください。
お待ちしています!
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【2015/01/07 03:56】 |  シリーズ短編
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