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天然運転士の河合と、お気遣い車掌の志水。
二人は某鉄道会社に勤める同期生、かつ秘密の恋人同士。
説明はこれだけでもう十分な二人ですが、
前のお話がちょっと気になる方はコチラへ!



        


アパートまでの帰り道、いっぱいに膨らんだ買い物袋が嬉しそうな音を立てて揺れる。

チキンは買ったし、デパ地下で良さげな総菜も買ったし、
ちょっと早めのクリスマスケーキは手に入ったし、シャンパンは冷蔵庫で冷えてるし――。

「さすがは12月だな」

緑と赤に彩られたケーキの箱を手にした河合の頬を、冬の夕日が蜜柑色に染める。
散りそびれてしまったのだろうか。
公園に植えられた鈴懸けの木の梢で、大きな葉がカサリ…と寒そうに鳴った。

「まさかうちの百貨店があんなに混雑してるとは思わなかった」

普段は質素倹約をモットーとするうちの系列百貨店も、
この時期は大きなツリーと華やかな飾り付けで、
ライバル鉄道会社の百貨店に年末の戦いを挑む。
まあ毎年勝てるわけないんだけど。

とはいえ、地下のデリカコーナーは、朝ラッシュかと思う程ごった返していた。

「食う前から思いきり疲れた」

押し寄せる買い物客の波を、長躯の河合を盾にして歩いたから、俺は楽させてもらったよ。
悪いな、河合。

「だから家で飯作るって言ったのに、お前が止めたんじゃないか。材料まで用意したのに」

「うーん。志水は料理するより、車掌やってる方が向いてる気がしたから……」

なんだよ。ちょっと俺の包丁の扱いが変だったからって、
あんなに顔を引きつらせて驚くことないだろ。

二人で一緒に料理したかったのに、大慌てでデパ地下に総菜買いに駆け込むなんて、
わざわざもったいなくね?

「ジャガイモを剥くのに、刃を向こうに向けて削ぐ奴なんて初めて見たから」

「鉛筆はああやって削るじゃんか。それに刃を自分の方に向けたら危ないだろ」

「……。やっぱ志水は車掌やっててよ。それがいい」

部屋の鍵を開けながら、
河合は「指が何本あっても足りないよ」と困った笑みを返した。

河合の部屋は河合の匂いがする。
乗務所で偶然顔を合わせて挨拶した時なんか、
すれ違いざまにこの匂いがしたりすると、やっぱり嬉しい。
これ知ってるの俺だけなんだなって思うと「へへん!」って気持ちになる。

「志水、なにボーッっと突っ立ってんだ? 盛りつけ手伝ってよ」

「あ、ごめん」

クリスマスイブ当日は例年通り二人とも仕事だ。
休みが合う日を選んだら、二週間も早いパーティーになったけど、そんなことどうだっていい。
だって俺ら、クリスチャンじゃなくて、単なる鉄道マンだから。

「河合って案外丁寧なんだな」

たかが総菜を皿に並べるだけで、こんなに性格が出るなんて知らなかった。

「志水のはパックからそのまま返しただけみたいだな。
箸使ってるのに、どうやったらサラダがこんなに乱雑になるんだ?」

「うるさいな。仕事は丁寧だからいいんだよ」

しゃーないだろ。
俺、ずっと実家住まいだから、料理なんて小学校の調理実習でしかしたことないんだよ。
今回、クリスマスの飯を河合の家で食うことにしたのには、秘密の目的がある。

(何でもいきなり本番は、事故の元だからな)

車掌も運転士も営業車に乗る前に、養成所のシミュレータで何時間も訓練を受ける。
だから河合との同棲生活にも、シミュレーションは絶対に必要だ。

そして、今日こそあの時の返事をするんだ。
一緒に暮らそうって――。

「――……志水、志水ってば」

「はいぃっ!」

「ケーキのろうそく、燃え尽きちゃうよ」

「うわっ、クリームに垂れてる」

「大丈夫か? 包丁持ったまま、親の仇みたいに火を睨んでるから、
逝っちまったのかと……あっ!」

6号の丸いクリスマスケーキを十文字切りにした瞬間、河合の低い悲鳴が聞こえた。

「……。志水はさ、車掌の仕事が本当によく合ってるから、その…あんまり無理すんな」

まるで辻斬りにでも遭ったみたいに、クリームまみれになって倒れたサンタの砂糖菓子を見て、
河合は諦めに満ちた目で笑った。


琥珀色のシャンパンに小さな泡が踊る。
シャンパンって歌うんだな。
レストランみたいに余計な音楽もないから、
パチパチと気泡が弾ける軽い音がよく聞こえてくる。

「じゃ、乾杯しよ」

「あっ、あのさ! 河合」

「?」

フルートグラスを手に取った河合が、怪訝な顔をした。
そうだよ。こういう大事な事は、飲む前に言わなきゃいけないんだよ。

「何だ?」

「えっと、その……」

うまく言葉が出てこない。

「グズグズしてると気が抜けちまうぞ。シャンパン」

ああ、急かすくらいなら、もう一度聞いてくれよ!
「一緒に暮らさないか?」って。
なんであれっきり聞いてくれないんだよ、バ河合!

「だから、俺は――――」

♪♪~~♪~♪♪♪~~

「あの時のさ……」

っ♪~♪っ♪♪~~!!

「あー、もう! 何だよ! この大事な時に」

間抜けなオルゴールの着信音で携帯電話が呼んでいる。
何で電源切っとかなかったんだ、俺。

「いいから出ろよ、電話」

河合に促され、苛立ち全開で出た電話は、職場の上司からのものだった。

『あー、いたいた。良かったぁ』

良くねえ! 用なら早く言ってくれ。
俺は今、一世一代の大勝負を打つとこなんだから。
俺の人生が懸かって――。

「は? …………保安装置の不具合、ですか。……そうですか……」

河合をちらりと窺う。

「はい。……はい…」

河合にも電話が掛かってきていた。

低い声で相づちを打つ河合の目は、もうシャンパンの泡でも、ろうそくの火でもない、
もっと遠くを見ている。

電話の内容は同じだ。
中間基地の向こう側で発生した不具合が原因で、
乗務員のやりくりがつかなくなるかもしれない。
万一に備え、出社して、待機してほしい――。

移動距離と所要時間、勤務明けとのタイミング。
声掛けが可能なメンバー、そして実際に駆けつけられる人員は限られてくるだろう。

時計を見る。
もうすぐ帰宅ラッシュが始まる時間だ。

「わかりました。すぐ行きます」

二人の間に小さな沈黙が流れた。
…………。

「河合、すぐ食え!」

「だな!」

こういう時はいつ食事が取れるかわからない。
食える時に食っておく。鉄則だ。

チキンの骨を皿にプッと吹き飛ばして、河合が面倒くさそうにボヤく。

「何でクリスピーチキンにしなかったんだよ。志水」

「それを言うなら、何でショートケーキにしなかったんだ?
丸ケーキなんて一気に半分も食えるか!」

ミニグラタンに野菜サラダを混ぜ込んで貪る河合を、遠慮なく睨み返してやる。

「顔にクリームつけたまま、もんくひゅうは (文句言うな)」

「口に物入れながら喋んな」

味もムードもあったもんじゃない。
返事? そんなもんできる訳ないだろ。この状況で。

「シャンパンはもったいないからビンに戻せ。勤務終わったら、これだけは飲もう」

「俺たちにしては、けっこう奮発したのにな。これ…」

グラスからビンに注意深く注ぎ返すと、シャンパンはシュワワーっと残念そうな歌を歌った。

「なあ志水。もしかして、これ飲んじゃってたら出社しなくて済んだのかな」

「あ――ッ!」

そうだ。
アルコール検査があるんだから、飲んだら乗れないに決まってる。

「くぅ~!」

俺はバカだ。何で返事は乾杯してからにしなかったんだ?
そうしたら、今日はこのまま二人っきりで朝まで過ごせたのに。
あの日の返事もしっかりと伝えられたのに。

「だからパーティーの一番始めに、みんなで乾杯すんのかな」

「もういい。何も言わないでくれ。河合」



「火の元ヨシ。水栓ヨシ。消灯ヨシ!」

セオリー通り、出勤前の指さし確認をする。
これをやっておかないと、家を出た後で不安になるから仕方ない。
火事や漏水なんて起こしたら、社会人として終わりだ。

忙しそうな俺を河合が呼び止めた。

「志水、こっち向いて」

「?」

「クリームがついてる」

「え、まだ? どこに!?」

慌てて頬に手をやる俺の唇に、河合の唇が優しく重なる。

「嘘だよ」

そう言って柔らかに微笑んだ河合は、雪の模様が入ったマフラーを巻いてくれた。

   冬生まれの君へ→

 目次にもどる




せっかくの季節ネタだというのに、ツリーもキャンドルの灯もなく、
飯食って仕事行く話になってしまいました。
ロマンチックじゃなくてすみません。
でも、現業の男二人なんて、きっとこんな感じじゃないかなあと思います。

雪の日も、豪雨の日も、心躍る特別な日も、
こうしてどこかで頑張ってくれている人々が
私たちの暮らしを支えてくれている――。
ありがたいことだなと思います。

河合が巻いてくれた雪の結晶模様のマフラーは、
きっと志水へのクリスマスプレゼントだと思います
志水は何を用意していたのでしょうね
お話の流れ上、プレゼントについては触れない方がスマートだったので、
読んでくださった方のご想像にお任せしたいと思います。

1月11日の COMIC CITY 大阪 100 は
この二人のお話をまとめた本が新刊です。
準備が整いましたら改めてアナウンスさせていただきますね。

スペースは 6号館A ユ55b です。
ぜひお立ち寄りください!
 
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【2014/12/16 15:07】 |  シリーズ短編
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