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「見ないでください……」

この醜い指を彼に見られるのは恥ずかしい。

幼い頃から練習を重ね続けた両手の指先は、血豆と水膨れを
何度も繰り返してきた。
弦の強い張りと摩擦で指紋はとうに消え失せ、
皮膚は盛り上がったまま硬化している。

深爪気味に整えられた爪は、指の背に食い込むように張り付いて、
日常的に与えられる過剰なテンションに必死で抗っているようだ。

こんな指が音楽を作り出していると知ったら、
榛原は興醒めてしまうかもしれない――。


「母と同じ指をしてる」
「え?」

労わりのこめられた声に驚き、和波は彼を振り仰いだ。

「さっきは貴公子だなんてからかったりして悪かった。
君の指は紛れもなくプロの指だ。和波」

名前を呼ばれて急に心拍数が跳ね上がった。


呼びやすい響きなのか、仕事仲間や友人からは
「和波」と名前で呼ばれることが多いが、
榛原にそう呼ばれると、自分だけに与えられた
特別な甘い呼称のように聞こえる。

榛原は静かに和波の手を取り、その指先を真摯な眼差しで見つめた。

「自分の体の一部分を差し出しても成し遂げようとする意志……。
だからかな? 君の演奏には優しさだけではない、芯の強さを感じるのは」
「この指をそんな風に誉めてもらえたのは初めてです。
僕には演奏することしか、できないですから……」
「それが天から与えられた君の力だよ」

頬を紅く染めて俯いた和波の指先に、そっと口づけが落とされた。

人の唇だけが持つ柔らかさと、湿り気を帯びたその温もりに気が遠くなっていく。

「ぁ……」

動揺で薄い肩を震わせる和波の体を抱き寄せ、榛原は優しく唇を重ね合わせた。

「っ!」

温かな腕の中で華奢な体がぴくりと跳ねる。
まるで接触の承認を請うかのような淡い口づけは、ほんのりと紅茶の香りがした。

「あ、あの……」
「君が好きだよ、和波」

榛原はストレートな言葉で迷うことなく自分の思いを告げた。

「からかわないで、ください。お願いです……」


自分の性嗜好は自分が一番よく知っている。
愛すると同時に、相手に同じだけ深く愛されたいと願う恋愛観も
女性のものに近い。

同性にこんな愛情の求め方をしてしまうのは、生まれつきだろうか?
それとも一度だけ経験した、あの苦しい恋のせいなのだろうか?

「僕は、男ですし、それに――」
「嘘じゃない。あの日、ハープを奏でる君の眼差しは真摯で本当に美しかった。
この楽器を弾ける人は君しかいないと思った瞬間、
私はどうしても和波が欲しいと思ったんだ」
「でも僕は……」
「愛しているよ。和波」

榛原の声は確かな響きを持っていた。

「榛原さん……」
「すぐに返事をくれなくてもいい。
だからこれからもこのハープを弾きに来てくれないかい?
君の音が聴きたいんだ」

――榛原に自分の音を、自分の人生を求められている。そんな予感がした。


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【2012/08/07 17:31】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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