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「冷たっ!」

ザンッと音を立てて、波がいきなりくるぶしまで押し寄せてきた。
緩んだ砂地と一緒に、引き波に両足を持っていかれそうになる。

「マズい。大潮だったのか…」

河合が空を見上げて低く呟いた。

「志水、行くぞ」

「な、何だよ」

せっかく良いムードだったのに、その気にさせといてもう終わりかよ! 
何でお前はいっつもこうなんだよ、バ河合!

「潮が満ちたらここは沈む。しかも潮汐差が大きくて、船でないと渡れないくらい深くなるんだ」

「エエぇ――――ッッ!!!」

「もうここまで水がきてるのか。志水、下駄脱いで走れ」

潮の流れってこんなに速くて重いもんなのか?
走れば走るだけ岸に近くなってるはずなのに、逆にどんどん深くなってくるじゃないか。
船でないと渡れないってことは、ここは背がつかないくらい――。

膝まで水に浸かり始めた時、俺の足が止まった。

「何してる、志水? 急げ」

「河合……お、俺、かなづちなんだ……」

「え?」

「泳げないんだよっ!」

チビの頃、年上のいとこにプールに突き落とされて溺れかけてから、
俺は水が大の苦手になった。
そのせいで泳げなくて、いつも2学期の体育の成績は最悪だったんだけど、
体育の成績くらいじゃ死んだりしないって今日まで高をくくってた。

絶望的だ。

「……」

河合は黙ったまま浴衣の両裾をめくってそれを帯に差し込むと、
固まったまま足が一歩も前に出ない俺の前に屈んだ。

「おぶってやるから乗って」

「でも、それじゃ河合が…」

「早く。ここは3メートルくらいの深さになる」

「乗る! 乗らせていただきます!!」

俺は夢中で河合の背中にしがみついた。

俺を背負って河合は韋駄天のように走った。
揺れる背中の上で、河合の温もりだけが頼りだった。

水見たら怖くて気を失ってしまいそうだから、目はギュッと瞑ったままだ。
波の音すら怖い。すっげー怖い。
けどきっと大丈夫だ。
だって俺には河合がついてる――。

「志水、頼む。何か喋ってくれないか」

「え?」

「俺、婆ちゃんに昔っから……『引きずり込まれるから盆には海に入るな』って…言われてるんだ」

(ギャ――――――ッ!! 今言うなよ、ソレを!)

でも、河合の声がいつになく硬い。

長身の河合ですら既に腰まで浸かってる。
しかも潮の流れがだんだん早くなって波が荒くなってきてるのは、
背中に負ぶさってる俺にもわかるくらいだ。

普段どれだけ冷静でも、泳げない俺を背負って波に逆らいながら進む河合が、
どんなに危険と責任を感じてるかなんて考えるまでもない。

――そ、そうだ。景気付けに歌でも歌ったら……。

って、ダメだ、こんな時に限って『兄弟船』しか浮かばねえ。
今、海の歌なんか歌ってどうするよ、俺!

こんな時、何話したらいい?
明るい声で元気よく、澱みなくハキハキと――。

遠い沖に、灯浮標の緑色の信号がはっきりと見えた。

「あ、安全の確保はッ! 輸送のっ、生命であるッッ!!!!」

「は!?」

驚いて振り向いた河合をよそに、俺は無我夢中で運転安全規範の綱領を叫んだ。

研修所の初等訓練で血を吐くほど唱和させられた
「運転の安全についての規範」を、死んでも忘れるはずがない。

「ほら、河合も一緒に唱えろ! 規定の遵守はッ?」

「あ、安全の基礎である!」

「「執務の厳正はァッ! 安全の! 要件であるッッ!!」」

3つ目の綱領は二人同時に叫んでいた。

「次っ、規定いくぞ! 第1条! 運転に関係のある従業員はァっ!」

だだっ広い夜の海原で、俺と河合は見習い生の時みたいに、
声が枯れそうなほどの大声で運転安全規範を唱えて、岸を目指した。

「第3条! 規定の遵守」

「声が小さい! 帰って飯食いたいなら、もっと気合い入れろッ! もう一回っっ!!」

あん時、デコって呼ばれてた教務係が、
薄くなりかけたおでこを真っ赤にしながら同じこと言ってたっけ。
デコの教えが、まさかこんな所で役に立つなんて。

「「第3条ぉッ! 従業員はァッ! 運転取扱に関する規定をッ! 
忠実且つッ、正確に守らなければならないッッッ!!」」

高波を顔にモロ被って、口の中が塩漬けみたいだ。
二人の胸まで水が来てるけど、怖いもんか。

俺には河合がいる。
俺は河合のために安全の規範を叫び続けるからな。

生きて帰って、河合の父ちゃんの用意してくれた特上の刺身を食うんだ!
河合を俺の家族に会わせてやるんだ!!

「「第5条ぉっ! 連絡の徹底! 従業員は、作業にあたりッ――――」」

読み上げが6条、7条と進むに連れて岸が少しずつ近づいてくる。
しかし、波に逆らって大声張り上げながら海中を歩いてる上に、
体温を奪われて疲労がハンパない。

「「第9条っ……事故の、防止! 従業員はっ、一致協力して、事故の、防止に努め……」」

もう声が、出ない……。
砂に足を取られながらも、ようやく岸にたどり着いた俺たちは、
そのままもつれ込むようにして砂浜に転がった。

「ハァ、ハァ……第10条って……何、だったっけ…?」

花火大会は終わったんだろう。
もう波の音しか聞こえない。
河合の問いに、俺は満月を見上げて息絶え絶えに答えた。

「ッ……えっと……事故が発生した場合……んー、アレだ。
全力を尽くしてその救助に努めなければならない…って、奴だ」

「プッ…、ククッ、やっぱ志水は最高のパートナーだ。アハハハ…」

「何だよ。笑うな、よ…クッ…ハハ…アハハハッ」

ずぶ濡れの浴衣をはだけたさせたまま、
俺と河合は思い切り抱き合うと、大笑いしながら砂地を転がった。

――河合、河合。誰よりも愛してる。
どんなに苦しい時でもお前を信じてる。

深く交わした砂利混じりの口づけは、今まで味わったことがないような塩辛さだった。


――その後、二人は近くを警らしていたお巡りさんに見つけられ、
職務質問を受けそうになるという、これまた最悪な事態に陥る。


「ちょっと、あんたら。何してんの? こんなとこで。……まさか薬やってんじゃないだろうね」

「眩し…」

制服のお巡りさんにLEDの懐中電灯で顔を照らし出されて、俺はうめき声をあげる。

「あっれぇ? もしかして河合じゃん」

逆光でよく見えないけど、お巡りさんが懐かしそうな声で
河合に話しかけてるのだけはよくわかった。

「加藤…か? 高校卒業してすぐ3組の沢井とデキ婚した、野球部の加藤!」

(つか、同級生かよ!)

「何してんのぉ? こんな大潮の夜に。もしかして心中?」

「「違うわ、ボケッ!!」」


(続く…)

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今回の二人は特にガチャガチャしてしまいました。
夏だし、ま、いいか 

8月24日のスパコミにて河合と志水のssペーパーをお配りいたします。
ぜひお立ち寄りください。お待ちしています。

例によって今から書きます……。

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【2014/08/13 15:35】 |  シリーズ短編
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