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天然運転士の河合と、お気遣い車掌の志水。
二人は某鉄道会社に勤める同期生、かつ秘密の恋人同士。
説明はこれだけでもう十分な二人ですが、
前のお話がちょっと気になる方はコチラへ!



      


「ぅ…」

背後からキュッと衣擦れの音がした瞬間、俺の呼吸も一緒に止まった。

「こっち向いて。帯、苦しくないか?」

長い指で浴衣の襟元を整えてくれながら河合が微笑んだ。

「大丈夫だ」

制服着て運転席に座ってる河合も渋くていいけど、
紺地に黒い細縞の浴衣もシャキッとしてて良く似合ってるよな。

どこか遠くからヒグラシの鳴く声が聞こえてくる。
蝉時雨……なんて言葉を思い出したのは何年ぶりだろう。

「行こうか」

「ん」

素足に畳の感触がさらっとしてて心地好い。
ケヤキの柱に掛けられた古い振り子時計は7時を打つと、
またコチコチ静かに時を刻み始めた。

初めて訪れた場所なのに、河合の実家はどこか懐かしい匂いがする。

「今年の夏休み、珍しく和彦がお客さん連れてくるって聞いたもんで、
ちゃっと二人分縫ったんだわ。浴衣」

玄関の三和土で蚊遣りに火をつけてた河合の婆ちゃんは、
浴衣姿の俺たちに気づくと満足そうに笑った。

河合と色違いで仕立ててくれたしじら織りの生成の浴衣は、婆ちゃんの歓迎の印だ。

「貝の口も綺麗に結べとるし、都会の人はやっぱりお洒落だわ」

「ありがとうございます」

帯は俺じゃなくて河合が結んでくれたんだけど、まあいいや。

「じゃ、婆ちゃん。行ってくるから」

「和彦、海には入ってかんでね」

海には入るなと強く念を押す婆ちゃんに、河合が低い声で面倒くさそうに返事をする。

「入るわけあらすか。花火しに行くだけだて」

へえ…、河合って地元にいるとこんな喋り方もすんのか。
電車から海が遠くに見えた時もやけに感動したけど、なんかそれ以上に新鮮だ。

「あれが俺が通ってた中学。毎日自転車でハンパない坂道登りながら海見て通った」
河合の地元語訳:毎日けったでデラ坂道登って、めちゃんこえらかったでかんわ。海? そんなん見とらせん。

浜までの途中、下駄をカラコロ鳴らしながら、
河合は自分が生まれ育った町を愛おしそうに説明してくれた。

「明日、卒業アルバム見せてくれよ」

「いいけど、どこにしまったかな」

(学生の時の河合って、どんなだろうな)

あたりが暗くなるつれて海沿いのアスファルトの小径に一つ、二つと街路灯が灯ってく。
濃い潮の香りと一緒に、松林の向こうから海鳴りが聞こえてきた。

「海だ…」

普段海を見慣れない人間って、海を前にしただけで意味なくテンションが上がるよな。

「俺、本当に河合んちに来たんだな」

夜の砂浜に立った俺は、潮風を思い切り吸い込みながら、
花火が入ったビニールパックを持ったまま、両手をうーんと揚げた。

波の音に負けないくらいの大声で「やったー! 来たぞー!」って叫んでもいいかな。
なんかそのくらいの開放感だ。

思えばあの祭の夜、本当に酷い目に遭った。
痛い。今思い出しても痛すぎる……。

『今度、花火しに行かないか? 二人だけで』

どんよりと落ち込みきった俺を慰めるように、河合がそう誘ってくれたけど、
まさか河合の実家に来ることになるなんて、あの時は想像もつかなかった。

「ここらでいいだろ。花火するだけだし」

俺の声に河合は足を止めて、沖の方を指さした。

「あっちに地続きの島みたいのが見えるだろ?
今夜は湾の反対側の街で花火大会やってるから、方角的にあそこからならきっと見える」

「花火やりながら花火大会見んのか。なんかすごい贅沢だな」

「志水に見せてやりたかったんだ」

「ありがと、河合…」

波間に浮かぶ灯浮標のランプたちが上下に揺れている。
その緑と赤色の光を眺めながら、あれは船に何を指示する信号なんだろうって
ぼんやり考える。

(船乗りもやっぱ俺たちと同じように、定時運行とか気にすんのかな……)

鉄道と違って船には線路もないし、信号も圧倒的に少ない。
大勢の人乗せて、たくさんの荷物積んで、
こんな真っ暗な中だだっ広い海を走るって、怖くないのかなあ。

その時、真っ暗だった岬の向こうの空に、光の花が小さく咲いた。

「お、始まったな。花火大会」

少し遅れて、パン…とネズミ花火が弾けるみたいな軽い音が聞こえてくる。
案外距離があるらしい。

「ほら、志水。こっち来て」

岩場の影にろうそくを灯して、河合は俺に花火を一本手渡してくれた。

キャンディーの包み紙みたいな棒の先端に、二人で同時に火をつける。
河合のから緑色の炎が噴き出したのに続いて、
俺のがパチパチ音を立てて白い炎をスパークさせた。

「おー! 遠くの打ち上げより、こっちのが全然キレイじゃん」

「火薬の臭いって、なんかワクワクするよな。危険な感じがしてさ」

「どんどん行こうぜ。次、どれにする?」

炎に驚いた蟹が、岩場を横向きにカサッと逃げていくのが見えた。




楽しい時はあっと言う間に過ぎていく。

「子供の頃さ、こうしてよく花火の残骸燃やして『たき火』なんて言って盛り上がったな。
そこらから燃えるもんかき集めてきてボーボー燃やすのが楽しくてさ」

「ああ。そんで『火遊びするとおねしょする』って親に怒られたな」

包み紙が黄緑色の炎を上げて燃え尽きると、急にあたり一面が真っ暗になった。
波の音だけがやけに大きく聞こえる。

その音に紛れるようにして、河合がぼそりと呟いた。

「志水…。せっかくの夏休みなのに、こんな何にもないとこ連れてきてごめんな」

河合の男らしい横顔の輪郭が島影に重なった。

「え、何で? 楽しいけど。普通に」

寝泊まりさせてもらって、飯食わせてもらってるのはこっちなのに、何で河合が謝るんだ?

「本当は志水に俺の家族と俺が生まれた町を見せたかったんだ」

「あ…」

河合は、子供の頃から家に人を連れてくることは滅多になかったのだと教えてくれた。

「だから婆ちゃんは喜んで浴衣縫うって言い出すし、
親父は漁協の知り合いから特上の刺身買ってくるし、
お袋は客布団と客間のエアコンまで新調しちまうし」

いや、エアコンは前から新調したかったんだと思うぞ。きっと。

でもそれって、何だか家族に婚約者を紹介する時みたいな――。

指輪をした左薬指が急にくすぐったく感じた。

「今度さ」

「え?」

「志水んちに遊びに行っても、いいか…?」

「あっ、いや、でも、俺んちは海なんてないし、
家は一応戸建てだけど隣のバカ犬の鳴き声が丸聞こえの小狭い住宅街だし、
刺身なんかスーパーで買ったのだしっ」

こんな風にどーんと腕を広げて迎えてくれるような自然もない。
ごく普通の、どこにでもあるようなありふれた街だ。

しかも家族はせっかちですぐに喧嘩するし、
週末には弟夫婦がチビ連れてきて、いつもガチャガチャしてて落ち着かない。
あんな恥ずかしい家に河合を連れてくだなんて――。

一歩下がろうとした俺の手を河合がしっかりと握った。

「いいんだ。志水が育った、そのままの街を見たいんだ」

「河合…」

「志水の家族に会いたい」

――繕うことも装うことも要らない。
そのままの自然なあなたを愛しています。

暗くて顔はよく見えないけど、河合の大きくて温かい手からそう伝わってきた気がした。

「そ、そこまで言うなら…今度来たら、いいけど……」

母ちゃんに言って、刺身は百貨店で上物を用意しといてもらおう。

「楽しみだな。きっと前の日は、駅一つ停まるの忘れちまいそうなくらいワクワクするだろうな」

そう言って笑うと、河合は俺をしっかりと抱き寄せた。

「だ、誰かいたらどうすんだよ。お前の地元だろ?」

「誰もいない。だからここにした」

夜の浜辺には。寄せては返す波の音と、遠くの打ち上げ花火の音が時折聞こえるだけだ。

「志水、顔上げて」

「…………」

顎を小さく取られて視線が一つに重なり合う。
そいういえば落ち着いてキスなんて、しばらくしてないな。

正面から真っ直ぐ来られると、未だに照れるっていうのか、
どこ見たらいいのかわからないっていうのか……。

「……」

戸惑いながらゆっくり瞼を落とす。
河合の唇が俺の唇に重なった瞬間だった――。


  怒涛の後編へ!→

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【2014/08/13 15:36】 |  シリーズ短編
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