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主の喪に服すかのように、誰にも奏でられることなく
沈黙を守ってきたこのハープからは、どこか寂しげで哀しい響きがする。

(たった一人で……榛原さんは毎日どんな気持ちで暮らしているんだろう?)

和波は広い部屋に視線を走らせてみた。


黒いカバーを被せられたままのグランドピアノは、
深海に眠る貝のように固く蓋を閉ざしている。

旅行先で撮ったものと思われる色褪せた写真は、
幼い姉弟と両親の過ぎ去った幸せな時間だけを写し出していた。


初めて出会ったあの日に見た榛原の懐かしそうな笑顔が
胸を締めつける。せめてこのハープを甦らせることで
彼が少しでも幸せを感じてくれるのなら、
こんなに嬉しいことはない。

「どうかな。まだ使えそうかい?」

飲みかけの紅茶を置くと、榛原は調整に没頭する和波の手元を
興味深げに覗きこんできた。

「はい。元の作りがしっかりしているので、ディスクもアクションも問題ありません。
まだ多少の調整は必要ですが、古くなった弦の一部を交換して、
弾き込んでやったら絶対に息を吹き返します」
「それは嬉しいな」
「また演奏できるようになったら、天国のお母様もきっと喜んでくださるはずです」


榛原の笑顔が嬉しくて、中音弦を軽く弾いてみる。
単純な分散和音だったが、楽器本来が持つ、甘くて優しい響きが立ちのぼった。

「ほら。少し幸せそうな音になってきたでしょう?」
「本当だ」

和波の涼やかな微笑みに目を細めた榛原だったが、
弦に置いたままの指先に気づくと、急に声のトーンを下げた。

「君の、指……」
「ぁっ」

思わず手を引いた和波は、両手を自分の胸元で握った。


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【2012/08/05 14:12】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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