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「これなんだが、まだ使えそうかな?」

取り外したカバーを無造作に畳みながら榛原が振り返る。
ビロードの重いカバーからようやく解放された楽器は、
窓から差し込む午後の日差しを反射し、
荘厳な光を放っていた。

「すごい。コンサート用じゃないですか。これ……」

母親が練習室として使っていた部屋に案内された和波は、
佇立するハープを目にした途端、思わず感嘆の息をもらした。

支柱に巻きつく金箔仕上げの蔦の彫刻と、
金線によって響板に描かれた繊細な蔓バラ。
まるで中世の貴婦人のようなその高雅な姿に、和波は時を忘れて
うっとりと見入った。少し古い舶来物だが、
おそらくフルコンサートタイプのハープとしては最高の傑作だ。


「こんなに丁寧に作り込まれた物に出会ったのは初めてです」
「母が最期まで大切にしていた楽器だ」

榛原はアンティークの写真立てを懐かしそうな微笑みで見つめている。
――そこに写る西洋人女性の姿を目にした瞬間、和波の全身が震えた。

「グレース・デュトワ……。もしかして、榛原さんのお母さんって……!?」


グレース・デュトワは数年前に病気で世を去るまで、
ハープ界の女王として長きに渡り世界中の人々から愛されたハーピストだった。

デュトワの優雅で洗練された音楽性と並ぶもののないテクニックは、
現代のハープ奏者たちに大きな影響を与えた。
和波もその影響を受けた奏者の一人だ。


デュトワの夫が日本人だとは知っていたが、
まさか榛原の母親だったなんて――。


「母の名を覚えてくれている人が日本にまだいるなんて、嬉しいよ」
「デュトワ……いえ、お母様の演奏は僕の憧れでしたから」

学生時代にはよく彼女の録音を演奏の参考にした。
デュトワの音を目指した、そう言い換えてもいいくらいだ。

「なるほど。それでか……」
「?」
「優しい音なのに、時々、前へのめってくるような力強い音楽性が、
少しだけ母に似てると思ったんだ」
「う……。あの、すみません」
「褒めたつもりなんだが」

榛原は深い琥珀色の目をニッと細めた。

和波が目の前にしている楽器に手を添え、少し若い頃と思われるデュトワは
威厳のある微笑みで写真の中からこちらを見つめていた。


「あの……弾いてみても、いいですか?」
「どうぞ」

――どんな音がするんだろう?

恐る恐る手を伸ばし、弦を数本弾いてみる。

「深くて、優しい音がします」

職人が丹精して作り上げた楽器だけが持つ、
重厚で温かい響きに心が吸い込まれていく。まぎれもなく名器だ。
しかし、古い弦はところどころほつれかけ、ペダルとディスクのレスポンスも鈍い。

(コンディションがかなり悪いな。ずっと放置されたままだったから……)

「失礼します」

一言発すると、和波はチューナーと自分の耳を頼りに調弦に取りかかった。


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【2012/08/03 17:26】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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