2018-02

天上の調べは愛を紡ぐ 3

シルバーの高級車がゆるやかな坂道を上っていく。

榛原は約束の時間通り、車で待ち合わせの駅まで迎えに来てくれた。
庭付きの瀟洒な戸建て住宅だけが続く街並みを、
和波は外国の風景を眺めるような気持ちで見送っていた。

「ところで今日は普通の靴をはいてるんだね」
「え?」

榛原の唐突な言葉に、窓の外を眺めていた和波は
慌てて運転席を振り返った。


「演奏してる姿を見ていて、ペダルを踏む足下が
紳士用のフォーマルシューズとは少し違うから、面白いなと思ってた」
「あれは……大きめの女性用シューズなんです。
ペダルを踏む時に靴底の反りが良くて見栄えがいいものが、
紳士靴ではなかなか見つからなくて」

グランドハープは、張りめぐらされた四十七本の弦を、
七本のペダルで三段階に踏み分けることによって演奏される。
このペダルをいかにスマートに、そして確実に操作できるかが
ハープ奏者にとって最大の課題だ。


「衣装は仕事道具ですから、いろいろ気を配ります」
「じゃあ、あの貴公子みたいな白いシルクジョーゼットのシャツも?」
「あれはっ、タキシードや燕尾服だと肩や肘が張って
腕が弦に伸びにくいから、です……」

恥ずかしそうに俯いた和波をよそに、榛原は住宅街の交差点で
機嫌良くウィンカーを出した。 

「仕事の道具選びは重要だ。あれは君によく似合ってたし、
没個性の黒いタキシードなんかより断然いい」

ジョーゼットの白いシャツと黒いスラックスが独創的なスタイルなのかは別として、
どうやら彼は演奏だけでなく、衣装も気に入ったらしい。

「今日は手伝いの人がいないから、私一人では大したもてなしもできないけど
許してくれるかな?」

正面門でセキュリティーを解除しながら榛原がすまなそうな目をした。

榛原は到着までの車の中で、父親は海外事業の責任者としてアメリカに在住、
姉もすでに他家へと嫁いだいるため、今この屋敷に住んでいる人間は
自分しかいないのだと話してくれた。

彼自身が経営に携わっているのはセレスティアを始めとする
ホテル事業部門だが、一族全体で不動産業や輸入事業など
多岐に渡る分野を経営しているようだ。


(こんな広い屋敷に榛原さんは一人で暮らしてるのか……)

四季咲きの紅いバラが揺れる庭の向こうには、
三角屋根をしたガラス張りの部屋が見える。
和波はその屋敷の広さと豪奢な佇まいから、榛原グループの財力に
改めて圧倒されていた。

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