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「この曲をご存知の方がいらっしゃるとは驚きました」

半ば強引に勧められてテーブルに着いた和波は、
アイスティーを運んできたウェイターの手元にちらりと視線を移した。

「亡くなった母はハープ奏者だったんだ。
実は今日君が弾いたラウンジのハープは母の物なんだよ」

「え? お母様の楽器?」

「ああ」

榛原はもう一度懐かしそうな目でハープを振り返った。

グランドハープは高価な楽器としても知られている。
いくら自分が経営するホテルだとはいえ、母親の形見ともいえる楽器を
惜しげもなくティーラウンジに常置してしまう榛原の感覚に、
和波は驚きを隠せない。

「そんな大切な物をラウンジに置いたりしていいんですか?」

「家で眠らせておくには忍びなくてね。ラウンジでこうして
お客様に演奏を聴かせてもらえたら、母も喜んでくれる気がしたんだ。
だからこそ心を許せる人にあの楽器を弾いてもらいたかった」

「そうでしたか……」


和波は目を伏せ、目の前に置かれたアイスティーが映し出す琥珀色の影に、
主を失った楽器の寂しげな音色を重ね合わせてみた。

「君はあのハープの思いを読み取り、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
そうした優しさを響きで表現できる人にしか、
ここでの演奏を任せたくなかったんだ」

榛原は単なるわがままで事務所にNGを出し続けてきたのではない。
大切な楽器を委ねるからこそ、奏者にこだわりたかったのだろう。

そんな彼が、初対面の自分のことを心許せる相手だと信じてくれた。
この指先が紡いだ音楽に共感してくれた。

その喜びに和波の胸は震え出しそうになる。


「お母様はきっとお優しい方だったんでしょうね……。
古い楽器は前の持ち主の性格が音に出ることがありますから」

確かにあのハープは営業用の飼い慣らされた楽器とは異なる、
純粋な響きを持っていた。
もしかしたら自分があのエチュードを選んだのは単なる偶然ではなく、
楽器自身の『歌いたい』という願いを
指先が感じ取ったからなのかもしれない。


「ありがとう。これからもぜひ君にあの楽器を弾いてもらいたいんだが、
お願いできるかな? もちろん都合がつく日だけで構わない」

「いいんですか? 僕で」

「君だからこそ弾いて欲しいんだ」

榛原の迷いのない言葉は和波の心を真っ直ぐに射抜いた。

「ありがとうございます。
では榛原さんから事務所にそうご連絡いただけますか」

「交渉は成立だね。ところで――」

小さく安堵する和波に、榛原は待ち構えていたかのように
もう一つの依頼を繰り出してきた。

「実は、母が死んでからずっと眠らせたままのハープが
うちにもう一台あるんだが、ぜひ君に調子をみてもらいたいんだ」

「えっ?」

「来てくれる、かな?」

自宅にいきなり招待され、和波は驚きでもう一度目を見開いた。

さすがは会社経営者だ。相手を自分の領域に誘導するなどお手の物なのだろう。
彼の用意周到な商談技術に、和波はあっという間に流されていく。 

「ぁ、はい……」

「じゃあ、これも私から宮村君に伝えておくよ」

見事リードに成功した榛原は、満足げな笑みを浮かべた。


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【2012/07/30 18:57】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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