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加納書店用2

<超ざっくりのあらすじ>

紆余曲折の末に思いが通じ合った、強気バイオリニストの加納顕彰(かのうけんしょう)と
俊才コンサートマスターの結城明星(ゆうきめいせい)。
ドイツと日本、超遠距離恋愛の二人ですが、時々仕事絡みで会えることもあるようです……。
二人の馴れ初めがちょっと気になる方は、ぜひ既刊の『プライド狂奏曲』でお会いしましょう!

        ・**。・


「ほら、顕彰。シーツ替えるから退いてくれ」

「眠い……」

結城明星の指示に反発するように、加納顕彰はベッドの端に寄り、
上掛けを体に巻き付けるようにして背中を丸めた。

「頼むから、退け」

本人の望み通り、愛情と深い満足を思う存分与えてやったはずなのに、
彼はたいそうご機嫌斜めの様子だ。

「裸のまま眠ったら風邪引くぞ」

「……」

とうとう返事すら返ってこなくなってしまった。

理由はわかっている。
加納の場合、愛されて、涙が滲むほど深く抱かれて、
心も体も満たされた後にやって来るのは、安らぎや充足感じゃない。
極限の羞恥心だ。

「なあ、顕彰――」

「っ…」

加納のプライドは、白銀を頂いたアルプスの山々よりも険しく、崇高だ。
そのくせ貪欲で、誰よりも愛されたいと強く願う寂しがりだ。
そして、思い通り愛されて満たされた後、
雪解け水のように止めどなく押し寄せるものは、やはりプライドなのだ。

(普通は満足したら感謝するもんだろうが!)

かと言って、蓑虫みたいに巻き付けた上掛けを、ムリやり引き剥がしたら、
きっと収拾がつかない事態になるだろう。
考えただけで面倒くさい。

――仕方ない。

「レコーディングに合わせてだったけど、こうして会いに来てくれて嬉しかった」

ベッドに腰掛け、上掛けの隙間からほんの少し見えていた黒い髪を、優しく撫でてやる。

「…………」

「録音に立ち会わせてもらったが、文句なしで素晴らしいバッハだった。
バッハが生きてたら、泣きながら握手を求めてくるレベルだ」

「……」

大袈裟に誉めすぎたかなと思っていると、そっぽを向いていた加納の顔が、
髪を梳く手の動きに合わせて小さく振り返った。

「結城が紹介してくれた教会の礼拝堂が…すごく良い音響だったから、だ……」

(お、やっと喋った)

「優しくて深い響きがして、弾きやすかった」

「そうか。気に入ってもらえて嬉しい。
前に弦楽四重奏を依頼されて弾いた時からチェックしてあったんだ」

髪を撫でる手は止めずに語りかける。
これが加納の心を解くコツだ。

「あ、あの。結城……」

目元をうっすらと赤く染め、切れ長の瞳がこちらを見上げて揺れた。

「その、礼を言う。……ありが、とう……」

「いや、いいんだ。役に立てて嬉しい」

もう一度加納を組み伏せ、唇をキスで塞ぎたい衝動を抑え、
結城は爽やかな作り笑いで応えてみせた。

(あー。仕返しのつもりで、わざとやってるのか? コレ!)

いくら可愛いからといって、もう一度ヤってしまったら、
また蓑虫を剥がすところから始めなければならない。

「風呂、一緒に入ろう。シーツ替えたらすぐ行くから。だから、な。顕彰」

「わかった」

少しおぼつかない足取りの加納を見送り、バスルームの扉が開く音がした瞬間、
結城の唇から安堵の息がもれた。

「今回こそ、どうなるかとヒヤヒヤした」

今回の加納の帰国は、バッハの無伴奏バイオリンソナタとパルティータ全曲の録音に、
スケジュールを合わせたものだ。
例によって加納は、レコーディングスタジオが気に入らないと駄々をこね、
事務所をとことん困らせた。

マネージャーの芦川に泣きつかれ、結城が提案と根回しをして、
なんとかこの収録にこぎ着けたのだ。

――しかし、今日のバッハはお世辞抜きで秀逸な演奏だった。

(心洗われるというのか、思わず誰かの幸せを祈りたくなるというのか……)

バロック音楽は教会音楽と繋がりがとても深い。
信仰と祈りをずっと見守り続けてきた、古い石造りの礼拝堂の響きなら、
妥協を許さない加納も必ず納得すると直感したのだ。

教会の承諾とスケジュール調整、録音機材及びスタッフ調達で
事務所はかなり苦労したようだが、今日の加納の演奏でそれも全て報われたはずだ。

誰かを待つように、ただ静けさに包まれていた礼拝堂の空気が、
加納が弦に弓を落とした瞬間、意志を持って震え始めた。

(ああいうのを本物の共鳴っていうんだろうな)

ステンドグラスの窓から差し込む緋色と緑、コバルトブルーの光は、
無心で弓を手繰る加納の横顔を淡く彩っていた。

撮影スタッフも現場に入っていたので、
撮られた写真からCDジャケットと広告用写真が選ばれることだろう。

あれは外版に勝るとも劣らない名演だ――。

まるで自分のことのように嬉しくなり、
結城が思わずエアボウイングでポジションを取ろうとした時だった。

「?」

それまで時折水音がするだけだった浴室から、
突然何かが倒れるような鈍い音がした。

「顕彰? 何やって――おい、どうしたんだっ!?」

浴槽から上半身を乗り出し、加納は洗い場の床に手をついて、
肩で苦しそうに息を繰り返している。
出ようとした時に目眩を起こしたのか、
浴槽の縁に掛けられたままの片足は、今にもつるりと滑りそうだ。

「結城、すぐ来るって…言ったから……」

「だからって湯あたりするまで浸かってる奴があるか!」

「俺、熱い風呂、苦手、なんだ……。気持ち、悪い……」

「とにかく風呂から出ろ。足下気をつけて」

抱き支えながら加納を洗面所まで何とか連れ出す。
加納の体と浴室からもうもうと立ち上がる湯気で、
洗面の大きな鏡はすぐに白く曇ってしまった。

滴の落ちる髪をタオルで拭いてやる。

「立てるか? 待ってろ。冷たい水持ってきてや――」

「どうして、俺ばっかり……」

立ち上がろうとした結城の言葉は、加納の一言で遮られた。

「え?」

真っ赤になった顔をタオルに包まれ、
涙を滲ませた一重の瞳がこちらをキッと睨んでいる。

「格好悪いのは、いっつも俺ばっかりで……」

「わかった。今度から風呂は温くしておくから。な、悪かった」

「違う! さっきも、あんなグシャグシャになるまでっ…俺のこと……好き放題……」

鋭角すぎるプライドは、常に自らを傷つける。
他人から愛情や優しさを受ければ受けるほど、
それを享受するばかりの自分が許せなくなるのだ。

自分の緩め方を知らない、この不器用な真面目さが、
実は加納を横柄な性格に見せかけているだけだ。

「恥ずかしいのは俺だけで、結城はいつだって上から笑って見てるだけで――」

加納は相手を責めているのではない。
常に完璧でいられない、そんな情けない自分を攻撃し、自らを傷つけているのだ。

完璧に見せようと頑張る度に、加納はどれほどの傷を自分に刻み込んできたのだろう。
見えない傷から流れ出た血を拭う隙すら自身に与えず、
ただ前へと向かおうとする度、一体どれくらい多くのものを
犠牲にしてきたのだろう。

どんなに弱っている時も、嬉しい時も、
本当の気持ちを素直に言葉にできぬまま――。

「愛してる。顕彰」

目を真っ直ぐに見つめ、簡潔な言葉で思いを伝える。

「お前っ、こんな時に何言って――」

「空気読めてなくても格好悪くても構わない。
今、自分が一番伝えなきゃならない言葉は、これだって思ったからだ」

血の滲むような努力を重ね、己の限界に挑み続けてきた孤高のバイオリニスト、加納顕彰。
そんな彼だからこそ、自分と向き合う時だけは、気負わずに自然な心でいてほしい。
天才バイオリニストとしてではなく、健康的で自由な一人の人間でいてほしい。

望むものは、ただそれだけだ。

「そのままのお前でいい。そんなお前だから好きなんだ、顕彰」

「結城……」

まるでバネのように頑なに突っぱねていた加納の腕が、徐々に緩まっていく。
抱き寄せてやると、加納は反発することなく、そのまま素直に腕の中に収まった。

指の背で、涙を含ませた睫毛にそっと触れてみる。

「風呂に入ってたからだ。泣いてなんか、ないからな」

加納は顔を見られないよう、すぐに額を結城の肩口に押し当ててしまった。

偉そうな口振りの割には、ずいぶん甘えた仕草だが、
結城は「わかったよ」とだけ答え、微笑んでみせた。

「言っとくが、お前と付き合うまで泣いたことなんか、一度もなかったんだからな」

「知ってるよ。八歳からの腐れ縁なんだから」

加納と結城は、幼い頃からコンクールで一位を争い合ってきた。
どんな格調高いホールでも、国内外からの精鋭たちが火花を飛ばす本選でも、
加納は顔色一つ変えることなく、結城に真っ向勝負で挑んできた。

「よく知ってる」

「結城……」

「俺のファイナリストは誰よりも強くて、そして可愛い奴だ」

濡れた黒髪を掻き上げ、結城はうやうやしくキスを落とした。

*ファイナリスト:優勝戦まで勝ち進んだ者


        ・**。・


この後、さらにお約束の展開を迎えた二人は……

「頼む、顕彰。シーツ替えるから。つか、退け! このバカ!」

「ダメだ。今度は本当に眠い……」


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更新がおそろしく開いてしまいました。
申し訳ありません。

仕事の過渡期であたふたしています。
いつにもましてのろい更新ですが、webもまったり続けられるよう頑張ります!

こんなありさまなのに、秋にはこの二人で新刊を出せたらなどと
夢を見ています

…………。
寝言は寝て言え!
申し訳ありません。


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