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榛原の楽器を借りるにあたり、一つだけ大きな課題があった。

グランドハープは四十キロ近い重量がある上に、
彼の楽器は舶来の古い物だ。
機動性と安全面から考えてもあれを本番以外で輸送することはさけたい。

(リハーサルは榛原さんの家でやるしかないのか……)

この件について榛原はもちろん快く引き受けてくれたが、
相手があの尊大な性格の柘植だということが和波の心を悩ませていた。


「すみません。榛原さんの予定まで合わせていただいて。ご厚意に感謝します」

「思うぞんぶん使ってくれていいよ。部屋の準備はもうできてるし、
先にお茶をいれようか? 今日は高橋さんにも来てもらってるから」

「ありがとうございます。どうかお構いなく」

玄関先でにこやかに出迎えた榛原とは対照的に、
柘植は庭の向こうに見えるコンサバトリーを面白くなさそうに睨みつけている。


「宣貴、こちらが榛原さんだよ。リハーサルにご協力を――」

「Ich freue mich, Sie kennenzulernen(お目にかかれて光栄です)」

ドイツ語でいきなりあいさつした柘植は、
挑戦的なまなざしで榛原に右手を差し出した。

「宣貴!」何言うねん!

しかし、榛原はこともなげに彼と握手をかわすと、
低めのおだやかな声で返礼してみせた。

「Sehr erfreut(こちらこそ)」

柘植の表情が敵がい心一色に塗りつぶされていく。

「すみません……」

「まさか仕事以外でドイツ語が役に立つとは思わなかったけど、
ちゃんと通じて良かった」

すまなそうに目をふせる和波の肩をいつものオーバーアクションでポンと叩くと、
榛原は気にした様子もなく微笑んでみせた。

出会い頭から一触即発な状態に、和波は今すぐ帰りたい気持ちで
いっぱいになったが、一度しかないリハーサルを放り出すわけにはいかない。


「どうぞ。こちらに」

高橋の案内で部屋に通された二人は、
沈黙したままリハーサルの準備に取りかかった。

榛原の微笑みに包まれて優しい音楽を紡いできたこの空間を、
完ぺきで自己主張の強い柘植の演奏が一瞬で破壊してしまいそうで怖い。

先に調弦をすませた柘植は、
書棚に納められた蔵書を気に入らない目つきでながめ、
そして息を止めた。

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【2012/08/29 19:39】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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柘植との過去からどう目をそむけたらいいのかばかりを考えていた。
しかし大切なのは、今の自分がなにを望み、
与えられた仕事にどう向かっていくかだ。

解決の糸口を見出した和波は、
返事をすることも忘れて思考をめぐらせていた。

――音のりんかく線が際立った柘植のバイオリンが相手だ。
しかも難易度が高いプログラムの上に、
室内楽のコンサートにしては会場のキャパシティがかなり大きい。


「あの、お願いがあります。デュトワのハープを、
あなたのお母様が愛した楽器をこのコンサートで使わせてください!」

「あれをコンサートで?」

「あ、いえ……、これは無理やりではなく本当にそう思ったんです」

嘘じゃない。
この仕事の依頼を受け、プログラムの内容を知った瞬間から、
あのハープの澄んだ音が鮮明にイメージされていた。

共演者、ホール、プログラム。この条件であの楽器の音なら、
まちがいなく素晴らしいコンサートになる。

「あれは本来、大型のコンサートホールで演奏するために作られた
立派な楽器です。僕が調整して弾きこんだハープを、
どうしてもこのコンサートでよみがえらせてみたいんです。
お願いします」

すがりつくような勢いの和波に、榛原が驚きで目を見張る。

「わかった。自由に使いなさい」

和波の願いにおだやかな声で答えた後、
榛原は急に表情を厳しいものへと変えた。

「そのかわり、あのハープで自分の音を作り上げると私に約束してほしい」

「僕の、音?」

「母の模倣である必要はない。私は君の音が聴きたいんだ」

――君の音が聴きたい。
おKはん
告白された日、彼は確かにそう言った。
ラウンジで初めて出会った時も、彼はこの指が紡いだ音楽に共感してくれた。

学生時代、グレース・デュトワの音色を目指してひたすら練習を重ねた。
憧れだった彼女のハープで、今度は自分の音を作り上げたい!
自分の音が榛原を少しでも幸せにするのなら、
どんな苦しい状況でも必ず乗りこえることができる。

「コンサートを聴きに集まってくれた人たちも、
きっとそれを望んでいるはずだ。和波」

――このコンサートでデュトワを超えろ。
母親譲りの琥珀色の目は、そう語りかけているようだった。

「きっと最高の演奏にしてみせます」

「約束だよ」

「はい!」

先ほどまでの曇った表情とは打って変わり、
本番に向けて希望をふくらませ始めた和波に、榛原は優しく目を細めた。

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【2012/08/27 16:49】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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その日、ざわめき立つ心をおさえきれなくなった和波は、
思いあまって榛原に「会いたい」と連絡をいれていた。
多忙な彼に自分から連絡をするのは初めてのことだ。
おKはん
夕食を取る時間ならかまわないと返事をもらってホッとしたものの、
いざ待ち合わせのレストランで彼と顔を合わせると、
思うように言葉が出てこない。

榛原の存在が自分の心の中で思っていたよりも
ずっと大きなものになっていたことに、和波は改めてとまどっていた。


「反りが合わない相手とコンサートか……」

「すみません。こんな事で榛原さんにお時間をいただくなんて……」

なぜ柘植との仕事を避けたいのか、
本当の理由を榛原に話すわけにはいかない。

「かまわないよ。事務所の絡みで引き受ける羽目になったのかい?
宮村君はああ見えても結構やり手マネージャーだからね」

西洋人とのハーフであることがそう感じさせるのか、
榛原はオーバーアクション気味に笑ってみせた。


落ち着いた灯りの下、銀製のカトラリーは両端に行儀良くそろったまま、
料理だけが一皿、二皿と並んでいく。

「もしも、榛原さんなら……」

――この状態をどう切り抜けるのか?

そうたずねかけて和波は言葉を止めた。
これ以上彼に甘えることはできない。
今夜、自分のためにこうして時間をさいてくれた、
それだけで十分じゃないか。

テーブルに灯されたキャンドルの光が、
伏せたまつ毛の先端でオレンジ色に儚く揺れる。

「そうだな……。もしも私なら」

「え?」

「何か一つ、企画に自分の提案を盛りこむ。小さなものでもいい。
意欲をかき立てるような良いアイディアを、無理やりにでも突っこむんだ」

小さな沈黙が過ぎた後、
榛原はなにかを察したように聡明な笑みを浮かべた。

「意欲を、かき立てる?」

「ああ。どのみち成功させなければならないプロジェクトなんだろう?
だったら少しでも自分の意志が反映されていた方が良い結果が出せる。
違うかい?」

理知的な深い瞳は揺らぐことなくこちらを向いている。

「たとえ気乗りしない仕事でも『自分のプロジェクトだ』という意識を
しっかりと持って積極的に臨めば、周りで働く人間の士気が向上する。
君の場合、事務所やスタッフ、協力企業がそれに当たるかな」

「そうか……」流石だなおKはん

「自分のプロジェクトがみんなの物になれば、結果は自然についてくる。
どう、やる気が出てきたかい?」

緑の草原をひるがえした一陣の風が、
あたり一面を銀色の世界に塗り変えていくように、
和波の目の前に新しい世界が拓けていく。

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【2012/08/25 18:01】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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すでにお盆も過ぎたというのに、正月の話ですよ。
今年の。

誰もご存じないと思いますが、私はK阪電鉄を深く愛しています。

2011年の大晦日の夕方、急に初詣に行く話が持ち上がり、
石清水8幡宮をお参りすることになりました。

石清水8幡宮は K阪八幡市駅を降り、
♂山ケーブル線に乗り換えた山頂にあります。

男山ケーブル

実は年越し参りというものをしたことのなかった私は
各鉄道会社が行う大晦日の「終夜運転」に大変興味がありました。

普段はひっそりと静まりかえる真夜中の軌道を、
夜通し休むことなく走り続ける列車……。
まるで物語のような光景です。

どーってことないいつも通りの夜の光景も、
終夜運転というだけで期待度が5割増です。
深夜なのに運賃は割増じゃないところがまた心ニクイですね。

憧れの終夜運転に一人で惑溺していると、車掌さんが立っている後ろから
『全列車、全列車――』という呼びかけのスピーカー音が聞こえてきました。


列車無線 キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ッ!!!


時はまさに深夜0時。
大好きなK阪電車の中、2012年の幕開けを列車無線で知った私は果報者です。

すでに胸いっぱいの状態で八幡市駅を降り、♂山ケーブル線に向かいました。
普段はひっそりとしたケーブルの駅ですが、
今夜は大勢の参拝客をさばくために召集された
応援の駅員さんが10名ほど、切符の販売対応に追われています。

まるで執事喫茶のような情景でした
(どこがやねん!)

ここまでで既に2012年の運を全て使い果たした私は
素敵な新年をくださったはちまん様にお礼のお参りをしました。
今年も色々ありましたが、ひとまず何とか乗り越えられたのも
はちまん様のご加護だと思います。

来年の初詣はどこにしようか迷っておられる方にお勧めします。
ぜひK阪電車で石清水8幡宮をご参拝ください!

鳩みくじ
授与所ではかわいい鳩のおみくじも待っていますよ。

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【2012/08/23 19:20】 |  日記(鉄道)
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「彼女たちの音はきれいなだけで演奏に中身がない上に、
お姫様気分であつかいが面倒だ。お前だってそう思うだろ? 和波」

和波の清冽な顔が嫌悪に塗りつぶされていく。

「相変わらず傲慢な人ですね。あなたは!」

「和波、頼むよ、助けると思って引き受けてくれ。
じゃないと僕が会社にどやされる」

腕をつかまれ、宮村に小声でたしなめられた和波は、
おさまらない心のまま拳を握った。

彼の必死の表情から、向こうは自分以外にはこの仕事を依頼しない意向らしい。
尊大な柘植のいかにも言い出しそうなことだ。

景気の低迷により冷えこんだクラシック業界に
久々に降ってわいた大口の依頼を、事務所も逃すわけにはいかないのだ。



一口も飲んでいないアイスコーヒーの氷が、カランと空しい音を立てる。

「当日に本番はダブってないし、日程的に問題ないよね? 和波」

「今回、本番までかなりタイトなスケジュールですが、楽器店や出版業界、
レコード会社など関連企業の全面的な協力を得まして――」

双方のマネージャーによって話が外堀から徐々に埋められていく。

仕事のスケジュールは宮村がぜんぶ把握している上に、
提示されたギャラや会場などの条件も悪くはない。

つまりよほど正当な理由がない限り、
ここで嫌だと言えば単なるわがままとみなされてしまうということだ。


智謀にたけた二人の敏腕マネージャーを前にし、和波は唇を静かに噛む。

「プログラムは……曲は何を予定しているんですか?」

よくやく協力的な言葉を発した和波に、柘植が満足げに口の端を上げた。

「客が喜ぶ小品をいくつか入れて、メインはシュポアのソナタ、
ドビュッシーの小組曲。ラストはサン=サーンスの幻想曲で締める。
懐かしい曲だろ?」

「っ!」

和波は思わず膝の上で両の拳を固く握った。

――そうだ。柘植の選んだ曲は、どれも思い出の中に封じこめた懐かしい曲だ。
しかもドビュッシーは、当時二人でコンサート用にと編曲したものじゃないか。

同じものを夢を見て、何度も一緒に演奏した曲をわざわざ選んでくるなんて!

「時間があまりないことですし、スタジオを調達してのリハーサルは
基本的に二回、あとはゲネプロ本番の予定で――」

「一回で結構です」

和波の凛とした声が、宮村の提示を断ち切った。

満足のいく仕上げを目指すならば、本当はリハーサルは一回でも多い方がいい。
しかし柘植と二人きりで顔を突き合わす時間をこれ以上増やしたくはない。

柘植が興味深げに片眉を上げた。

「やるなあ、一回練習ゲネ本か。悪くない」

長い脚を大きく組みかえ、挑戦的な目で笑う柘植を和波は静かに睨みつけた。

自分の人気と才能を知りつくした、傲慢で冷血な天才バイオリニスト――。
五年前と何も変わっていない。ぜんぶあの日のままだ。

「リハの予定は事務所を通してご連絡ください。折り返し都合をお返事します」

主催は向こう側だ。
事務所の力関係から考えても、どのみち自分に選択の権利はない。

「次の仕事がありますので失礼します」

三人を残したまま立ち上がると、和波は早急にラウンジを後にした。

(ゲネプロ:本番通りの進行で行われるリハーサル。ゲネラルプローベの略)

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【2012/08/22 19:09】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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柘植宣貴は、和波が学生時代に初めて愛した人であり、
そして失意のどん底へと突き落とした張本人でもある。

「あの頃のまま宣貴でいい。お前の演奏は相変わらず優雅で上品だな。
思わず学生時代を思い出した。お前みたいに弾ける奏者が、
今はこんな所で流し演奏か? もったいない」

不躾な言葉を次々と浴びせかけてくる柘植に、和波は無言をとおした。

指先が震え出しそうになる。
別れて五年、ようやく過去のことだったと思えるようになったのに、
今さら何をしに来たのだろう。


「あの、ご用件は?」

急いでこちらに向かう宮村にちらりと視線をやった和波は、
薄い唇を一文字に引き結び、胸の前で楽譜を抱きしめた。

「ごめん、僕の段取りが悪かったんだ」

和波のかたくなな表情に、宮村が慌ててフォローに回る。
この様子から察すると、宮村の用件は柘植絡みの話にまちがいない。

「いつ、ドイツから……帰ってきたんですか?」

「先週だ。日本は相変わらずせせこましくて、やはり性に合わない」

「……」

柘植と視線を合わせようとしない和波を取りなそうと、
宮村があせった声で間に入ってきた。

「実はねっ、柘植さんの事務所から仕事の依頼が来てるんだよ」

「彼の、事務所?」

和波は宮村の後ろに立つもう一人の若いスーツ姿の男性に目をやった。

この顔には見覚えがある。
クラシック界の一流奏者を多く抱える大手音楽事務所のマネージャーだ。
彼の事務所には日本を代表する有名ハーピストも数多く在籍しているはず
なのに、今回に限って自分に依頼が来るのはなぜだろう?

「俺がお前を指名した」

「あなたが?」 

怪訝な顔をする和波に柘植は勝ちほこったように告げた。

「申し訳ありません。こちらの手ちがいで
白澤さんへのご挨拶と説明が後手に回ってしまい、大変失礼しました」

頭を下げる若いマネージャーの首すじから冷や汗が流れ落ちる。
恐らく手ちがいなどではなく、
柘植が思いつきで勝手に行動して彼らを振り回したにきまっている。

「――この度の柘植の帰国公演に際しまして、ぜひとも白澤さんに
デュオコンサートという形でご共演いただきたいと思っています」

(そういうことか……)

久々に入ったクラシック方面の、しかも話題性の高い仕事は
事務所にとって逃がしたくない話だろう。
しかし、もうこれ以上柘植に関わりたくはない。
もうあの日の自分ではないのだ。

「そちらにも一流のハーピストが大勢いらっしゃるはずです。
僕に依頼しなくても――」

「事務所が手配した奴は俺が断った」

言葉をすべて聞くことなく、柘植はつまらなさそうな顔で言い放った。

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【2012/08/20 14:56】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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SUPER COMIC CITY 関西18に参加しました。

お立ち寄り、お買い求めくださった皆様。
本当にありがとうございました。

励ましのお言葉までいただき、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
心からお礼を申し上げます。

また、緊張気味の私に朗らかに接してくださったお隣のサークル様に、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

――読んだ後、少しだけ元気になれるような作品を作りたい。

そんな気持ちで書き始めたのですが、
なかなか上手く表現できなくて苦しい時がたくさんあります。
それでもまた頑張ろう、そう思うことのできた一日でした。

今日の気持ちをエネルギーに変換して、秋の新刊作りに励みたいと思います!
これからもどうぞよろしくお願いします。
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【2012/08/19 22:52】 | ■イベント

管理人のみ閲覧できます
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コメントお礼
萱島
文字色反転します

Kさま
せっかくお立ち寄りいただきましたのに、申し訳ありませんでした。
励ましのお言葉、ありがとうございます!
次回はぜひ新刊でお目にかかりたいと思います。
冬のイベントでお会いできますように……


コメントを閉じる▲
土曜日の午後、いつものようにアトリウム型のラウンジには
秋の光が柔らかに降り注いでいる。

だが、どこからか注がれる強い視線に、
今日の和波は違和感をおぼえていた。

「おはよう、和波」

「宮村さん……。おはようございます」

最初が難航したとはいえ、すでにレギュラーが決まった現場に
クラシック担当のマネージャーがわざわざ顔を出すなど
めったにないことだ。

「仕事の話が来てるんだけど、このステージが終わったら
少し時間もらえるかな?」

事務所にとっていい話なのか、
宮村は嬉しそうな色をかくせない様子でメガネのブリッジを押し上げた。

「わかりました」

(今日は変な感じだな……)

落ち着かない心をおさえながら、いつもより注意深く調弦して演奏準備につく。

左手がハープの低音弦に触れようとしたその時、
前方から注がれる視線の主に気づいた和波の指先は、にわかに静止した。

(あれは!)

自信たっぷりにこちらを見つめる勝ち気な黒い瞳。
一番遠くの席に座っていても、その長身の男が作り出す居丈高な空気は、
ペダルを踏む足もとまで流れこんでくる。

(どうして、彼がここに!?)

動揺のあまり、何でもない所でペダルを踏みそこねた和波は、
あからさまに渋面を浮かべた。

30分のステージをこんなに長いと思ったことはない。
やっとの思いでステージを終え、さっさとその場を後にしようとしする和波に
男は臆面もなく声をかけた。

「久しぶりだな、和波」

そこには海外で活躍する若手バイオリニスト、
柘植宣貴(つげのぶたか)の姿があった。

「そうですね。柘植、さん……」

「ずいぶん他人行儀だな。昔の恋人に対して」
(っ!)

柘植の言葉に、和波の表情が凍りつく。

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【2012/08/17 21:42】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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私鉄には各社ユニークでわかりやすいカラーがあります。
幸いにも私の住んでいる地域には私鉄が多く走っているので、
いつもその違いを楽しんでます。

ところで、世の中には鉄道擬人化という大変興味深いジャンルがありますね。

私は本物の電車だけで惑溺してしまう根性なしなのですが、
「夏休みの宿題」として頑張って考えてみました。



『関西私鉄5社で挨拶』
(これまたなんとも捻りのない……)

■京阪電鉄
  「京阪電車です」

そのまんまやん。おもんないやんけ!
――いいのです。
なぜなら私はK阪電鉄のもっささを愛しているので、
全ての基準はまずココからです。

■阪急電鉄
  「阪急電鉄でございます」

夏場でも上着をぴっちりと着こみ、背筋を伸ばして30度敬礼。
一分の隙も見せることは許されません。
車体の色にこだわるわりには、
なぜ制服もマルーンカラーにしないのでしょうか?

■近畿日本鉄道
  「近鉄やけど、なに?」

組合色の強い近鉄。まちがっても「自分は客なんだから」と
上から出てはいけません。
春と秋、気候の良い頃には開襟シャツに上着を羽織るという
まるでチン○ラのような制服姿を目撃することができます。

■南海電鉄
  「……。乗るんかいっ!」

そんなことどーでもいいからさっさと乗りやがれ、です。
列車の乗降は、学校の避難訓練で教えられたとおり
『押し合わず、素早く安全に、冷静に』
あなたの生死の運命を分けるポイントはココです。

■阪神電車
  「阪神じゃあ! ゴルァ!」

まるで喧嘩○長のような男気あふれる挨拶。
タイ○ースが負けた日に乗ってはいけません(嘘)

………………。
やはり自分には擬人化の才能は全くありませんでした。
失礼しました。
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【2012/08/16 17:04】 |  日記(鉄道)
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「好きだよ、和波。愛してる」
「榛原さ、んっ……」

突然の口づけに和波は驚きで息をつめた。
しかし、ふさがれた唇はいとも簡単に割り開かれ、
口内を舌で弄られる柔らかな感覚に、心は次第に耽溺していく。

おずおずと差し出した舌は、彼の肉厚な舌にすぐに絡め取られ、
更に深い口づけへと変わっていった。

どちらからともなく夢中で舌を探り合う。
交換された唾液を夢中で嚥下するが、
それだけではとても満足できそうにない。
榛原の優しい匂いとバラの香りに包まれて気が遠くなりそうだ。

もっと深く満たされたい。全身で榛原の愛を感じたい。
この感情に溺れてしまえるのなら、
このまま彼のものになってしまってもかまわない――。

(好き……榛原さん……)

唇がそう震えそうになった途端、和波の体は石のように硬直した。

「ぁ……」

心の中に鋼鉄製の分厚い壁が何重にも立ち上がっていく。
浮ついた心を戒めるかのように、
警告音にも似た耳鳴りが頭の中で鳴り響いている。


またあの思いを繰り返すつもりなのだろうか。
憎しみと悲しみの境界線を行き来しながら、
今度は何百の夜を泣き過ごせばいいのだろう。


和波は榛原の体を小さく押し返した。

「だめです。許して、ください……っ!」

やっとの思いで紡いだ言葉が榛原の愛を拒絶するものであることに、
和波はもう一度深く絶望していく。

「すまない、つい。私が悪かった」

離れていく榛原の両腕を懸命に掴んだ和波の手は汗ばみ、
小刻みに震えていた。

「あ……違うんです。あなたの、せいじゃない……」
「和波……」

――人を愛するのが怖い。榛原の愛を失うことが怖い!

二つの心がせめぎ合う。
もしもこの愛を失ってしまったら、恐らく自分は同じ場所にうずくまったまま、
もう二度と人を愛せないだろう。

「僕は……、僕はっ!」

あふれ返りそうな感情を言葉に変換しようとするがうまくいかない。
何を、どう言葉にすれば、この二律背反する心を彼に伝えられるのだろう。

必死で榛原を見上げた瞳は、瞬きすることもなく大きく見開かれていた。


「和波、お願いだ。またここに来てくれるかい? 庭をぜひ一緒に眺めてほしい」
「……はい、……」

自分がまだ求められていることに、安堵でその場にくずおれそうになる。

「今度はバラの名前もちゃんと調べておくよ」

頬にかかる和波の髪をしなやかな手でといた榛原は、もう一度優しく微笑んだ。

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【2012/08/15 21:45】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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「庭を案内しよう」

榛原に「おいで」と手を差し伸べられ、とまどった和波だったが
ここは彼の庭なのだ。周りの目は気にしなくてもいい。
おずおずと手を繋いだ和波は、
榛原に導かれるまま開放されたガラスの扉から外に出た。

楽器によってタコができたこの指を
彼は「プロの指だ」と誉めてくれたが、
こうして手を繋いでみてその硬さに違和感を感じてはいないだろうか?

「どこに行くつもりだい? 私と一緒に庭を見るんだろう?」

思わず引っ込めかけた手はしっかりと握り返され、
和波の胸に甘い幸福感が広がっていく。 

「……はい」

アーチに巻きつけられた蔓バラは、
こぼれ落ちそうなほどたくさんの花を咲かせていた。

「小さな花なのに、こんなにいい香りがするなんて。香りも種類ごとに
少しずつ違う。薔薇にもそれぞれ個性があるんですね」
「そこに咲くピンクのは香水の原料にもなる種類らしいが、
実のところ私もよく知らないんだ」

こんな立派な庭を所有しながら、榛原はそれにはあまり興味がないのだろうか。

(もったいないな……)

前髪を風に梳かれながら、和波はハープの置かれた部屋の窓を振り返った。

「いつも薔薇が綺麗に咲いてるなって思って見てたんです」
「家に持って帰るかい? 好きなだけ切ってあげるよ」
「いいえ、やめておきます」

立ち止まって首を横に振る和波に、榛原は不思議そうな目をした。

「四季咲きの薔薇ってこんなに綺麗なのに、
切るとなぜか造花みたいに見えてしまって……可哀想です」

四季咲きの大きなバラは、庭で鮮やかに咲き誇っていたはずのものを
花瓶に活けた途端、まるでプラスチック製品に変化したかのように
生気を失ってしまう。シオシオ……

水を十分に含んだ瑞々しいバラは、触れた時にひんやりと冷たく感じるものだ。
そしてこれこそが花が確かに生命を営んでいる証でもある。


和波は大輪の花をそっと片手で包むように撫でてから榛原を振り仰いだ。

「だからきっとこの薔薇も、ずっとこの庭で咲いていたいんだと思います」
「花自身の意思か……。考えたこともなかった」

榛原は今歩いてきた小道を振り返り、風に揺れる無数の花を遠い目で眺めた。

「そういえば随分長い間、ゆっくりと庭に出たことがなかったな。
手入れも業者に任せたきりだし」

(榛原さんは……)

彼は庭に興味がないのではない。
多忙な日々を送るうちに、庭はいつの間にか目に映るだけの
単なる背景になっていたのだろう。
それどころか深夜の帰宅が続けば、
それを目にすることすら叶わないのかもしれない。

花は四季を通してこんなに美しく咲き誇っているのに。
彼が愛してくれる時を待っているのに――。

「あの、薔薇を……」
「?」
「薔薇を切っていただく代わりに、時々このお庭をご一緒させてください。
そうしたら鮮やかなままの花をいつでも楽しむことができますから」

それなら少なくとも自分が昼間訪れた時には、
榛原はこの庭を眺めることができる。
彼とまたこうして手を繋ぎ、静かに季節の移ろいを見送ることができるのだ。


「ありがとう、和波。君のその指から生まれる音楽は、
きっと君自身の心を映し出したものなんだろうな」
「僕、自身……?」
「優しさと慈しみに満ち溢れた……、天上の調べだ」

細い体を強く抱き締められ
遠く澄んだ空とバラ園の景色が大きく揺らいだ。

「ぁっ……」

 <←8>
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【2012/08/13 17:35】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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「冬吾様はね、和波様がいらっしゃるのをいつも
心待ちにしておられるんですよ」

紅茶から立ちのぼる湯気が宙に消えていく位置を、
愁いを帯びた眼で追っていた和波は、
高橋の声で急に現実に引き戻された。

「え? あ……ありがとうございます」
「和波様がいらっしゃるまでに玄関の絵を入れ替えておいてほしいとか、
奥様の練習室に新しい花を活けておくようにとか」
「あのね、高橋さん――」
「今日もコンサバトリ―でお茶を飲みたいから、
チーズタルトを焼いて欲しいっておっしゃって」

榛原は子供の頃からこのタルトが大好きだったのだと、
高橋は朗らかな笑顔で教えてくれた。

五十路に手が届くと思われる高橋は、
榛原の母親が健在の頃から家事や雑用を任され、
今は週二日だけ通ってくれているという。


「小学生の頃、お気に入りだった同級生のお嬢さんが遊びにいらした時にも、
これを焼いて欲しいとねだられて――」
「参ったな、もうそのあたりで勘弁してくれないか」

彼女のお喋りでこれ以上隠していることが露呈しては敵わないと、
とうとう榛原が悲鳴をあげた。

「すみません。奥様が亡くなられてからここにお茶のご準備をするなんて
久しぶりで、つい嬉しくて……」

和波にさりげなくタルトを勧めると、
高橋は「ご用があったらお呼びください」と言い残して下がっていった。

「優しくていい方ですね」

一人で忙しく過ごす榛原のそばに
時々でもいいから高橋のような明るい人がいてくれるのならば安心だ。
彼女の焼いたチーズタルトは素朴で優しい味がした。

「美味しいです」
「喜んでもらえて良かった」

少年のような笑顔をみせた榛原に、和波はささやかな意地悪を言ってみた。

「もしかして……その同級生の女の子にも同じ台詞をおっしゃったんですか?」
「おいおい、子供の頃の話だよ」

弱り顔で「案外手厳しいな」とこぼす彼に
「冗談です」と微笑み返してみせる。
普段は大人の顔しか見せない榛原にも、こんな日常があるのだと知ると
何だか嬉しくなる。



蔓薔薇を絡ませたアーチを目指して一羽のツグミが飛び立った。
いつも玄関ポーチから眺めていた庭は、
コンサバトリ―を回り込むように作られていて
思ったよりも奥が広い。

その光景を眩しそうに眺める和波に気付いた榛原は、静かに席を立った。


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FC2blog テーマ:自作BL連載小説 - ジャンル:小説・文学

【2012/08/11 15:22】 |  天上の調べは愛を紡ぐ
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